第3章 鯨
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なんだって人気フォトグラファーになんてなってしまったんだろう。
まぁ、なろうと思ってなれるものではないからありがたいのだけど…
帰国してから早2ヶ月。
セリエAもシーズン開幕し
影山くんの活躍を配信で観たり観なかったり。
どうにもこうにもありがたいことにスケジュール帳は事務所を通した仕事で埋まっていて
独立しようにも、イタリアに行くにも、すぐにはできない。
でも、プラダの次の撮影もブッキングが入ってる。
プラダだけじゃない、フランスにも行く予定はあるし…
それに来年の夏、影山くんはオリンピックのため来日する。
そして事務所での私の最後の仕事は6月に終える。
だからオリンピックの後、
互いの両親に挨拶をしてから影山くんとローマへ帰る予定でいる。
──あの日、帰国する日。
スポーツ誌の朝刊に影山くんが載った。
今まで浮ついた話の一つもなかった影山くんの路上キス。
イタリアでは路上キスなんてごく日常のことだけど
それでも 影山くんとなるとちゃんとしたネタになるようだった。
そして影山くんはだからどうってこともなく、普通だった。
ネットニュースで日本でもそれなりに取り上げられ
空港に降りた際にちょっとうるさかったけど、まぁ大したことじゃない。
「親しくさせていただいています」
それだけ答えて去れば良いだけのこと。
他の質問はスルーで。
そうすれば降って湧いてくるのか、
血眼で探し回るのかはわからないけど、
どんどんと出てくる新しいニュースに私たちの話題はかき消されていった。
話題が下火になった頃
オリンピックの特集か何かで影山くんが日本人記者に取材されていたものが放送された。
「そーっすね、来年ローマで一緒に暮らします」
「…ということは婚約されているということでしょうか?」
「こんや…く?」
「ご結婚のお約束をされているということで相違ないのでしょうか?」
「…あぁ、まぁ、そーっすね」
「どんな言葉をおっしゃられたんですか?」
「…?」
「その、ご結婚を約束されるにあたって」
「…や、特に何も。 ただ、もうそれしかないっつーか、わかるっつーか」
「………」
………。
親類、友人、職場の仲間から
様々な視点からの連絡が来たのは言うまでもない。