第3章 鯨
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影山くんのアパートのバルコニーで、
ゆったりとお酒を飲む。
8月の初め。夏のローマの日没は遅い。
一日を長く感じて、たっぷりと楽しめるような感じがする。
影山くんはそんなに飲まない。
ビール一本を飲んだ後、ちびちびと白ワインを舐めるように飲んでる。
最後の白ワインをグラスに注ぎ、オリーブを摘む。
乾いた風が、心地いい。
『影山くん、炭酸水とか飲む?さっき買っておいたんだけど』
「あ…や… 腹膨れるのやなんでいいっす」
『あ、そっか。 お酒、無理しないでね』
「ぅす」
『はぁ… 幸せ』
「…りさ子さんって今どういう風に仕事してるんすか」
『ん? あーっとね、
芸大卒業してからずっとクリエイターのマネージメント事務所に一応所属してる』
「そーなんすね」
『…でも、そろそろ独立しようかなーとか』
「………」
『思ったり思わなかったり』
「…うち来ませんか」
こりゃまたど直球。
しかもすごい速度。
『…そうだねー それもいいかも』
「………」
『とりあえず、あと11日あるオフの今日1日目だから』
「………」
『…んと、残りの日もゆっくりここで過ごさせてもらっていいのかな?』
「あ、はい」
『…じゃあ、そんな感じで』
グラスが空になっちゃった。
赤ワインと新しいグラスを持ってこようと
空いたグラスを手に立ち上がる。
キッチンで水を一杯。
さらっと言ってきたし、さらっと返してみたけど。
うち来ませんかって。
それってどういう意味だろう?
そのままそう尋ねることだってもちろんできるけど、
でも私、そういう言葉ってあまり好きじゃないというか、必要としない。
言葉での説明ってそんなに大事かな。
それよりもっと感覚的な大事なことがあるはずで。
そして私はその感覚的な部分で、
影山くんのその誘いをさらっと受け入れそうになっていた。
確かに惹かれてはいるけど、そんなに?
まだ2回しか会ったことないのに。
いやでも私だって、そもそも1回しか会ったことないのに、
オフ初日にここまで会いに来たのか。