第3章 鯨
『………』
「…その …つきあってる人とかいるんすか……」
きれーいにデクレッシェンドしていく影山くんの声。
最後の方聞き取れなかったけど…
彼氏がいるかどうかってことだよね
『いませんけど』
「あ、そっすか。 あーよかった」
『………』
「…… あ、そこっす。 パニーノ屋」
『わぁ、小さなかわいいお店』
ひっそりとした店構え。
隠れ家みたい。かわいい。
自分で好きな素材を選んで作ってもらうんだけど、
そのサンプル的な、メニューになっているいくつかの組み合わせが
どれも美味しそうで迷う。
「………」
『…んん〜 迷う、迷うけども』
「………」
サーモン、フレッシュチーズとアーティチョークにした。
影山くんは、生ハム、トマト、モッツァレラ、バジル。
2人ともパンはチャバタ。
それから瓶ビールを一つ。
テラスの席に座ってパニーニを頬張る。
んんん……美味しい…!
『…美味しい!』
「………」
はむはむ、むしゃむしゃ、ごっくんをただひたすら繰り返す。
途中、言葉にならない至福の音を漏らしながら。
青空の下食べるパニーニの美味しいことといったら!
そして、晴れた空の下飲むビールの味は格別!
『ねぇ、ここってスペイン階段の近くだよね』
「スペイン階段?」
『ほら、ローマの休日の』
「…ローマの …休日?」
『ナンデモナイヨ』
通りには観光客がいっぱい。
遠くから見れば私たちもそれを織りなす一員だ。
「カメラ、持ってこないんすね」
『うん。そんないつでもどこでも撮ってたいわけじゃない。
そりゃ、あー今あの人いい顔してるな、とかはあるけど。
全部を切り取ろうとは思ってないから。 切り替えは、ある程度してる。
だって本当に心に焼きつく一瞬っていうのはさ、写真なんかなくてもずっと残るから。
…その、それぞれの心の中に』
「………」
『………』
影山くんってほんと、基本、無口だなぁ。
今頭の中には何が浮かんでるんだろ。