第3章 鯨
別にこんな風にプライベートで会おうとか
そんな企てはなかったんだけど…
それに話聞くよって言ったのも、
なんていうか話遮っちゃったし、
でも服も髪も濡れてるしいい加減…的な感じで、
全然こんなきゅんを頂こうとか思ってなかったんだけど。
…まぁこういうこともあるか。
きゅんに罪はない。
「…ビール飲めそうっすか?」
『ちょっとキツい。 持って歩いても大丈夫かな』
「…大丈夫だと思いますけど、あれならそれ、飲みますよ」
『あ、ほんと?助かる。 じゃあ、お願いします。 飲みかけだけど…』
影山くんは黒い瓶に入ったそのビールを
ぐいぐいっと飲み干した。
「ちょっとその辺歩きませんか」
『あ、うん。そうしよっか』
それからふらふらと街を歩きながら、話したりしなかったり。
なんとなーく時間が過ぎていく。
「今日」
『…ん?』
「ポークカレー作ります。うち来てください」
『………』
わぉ ど直球。
なんと答えていいのやらってほどに、ど直球。
『…んーと』
「………」
『献立はなんですか?』
「カレーん時はあとサラダと果物乗せたヨーグルトくらいっすけど…」
『…じゃあ私はサラダを作ります』
「…じゃあお願いします」
『…ふふ』
「なんかりさ子さんって……」
『………』
「あれっすね」
『…なんっすか』
「触りたくなります」
『…?』
はて? それは一体全体どういう?
そう言って差し出された手を取ると、
影山くんは やっぱり。 とつぶやいた。
それからあまり喋ることなくまたふらふらと歩いた。
・
・
・
「やべー、ここどこだ?」
『………』
すっかり忘れてた、方向音痴のこと。
He’s awfulとまで言われてたしな……
じゃあ帰りに食材買って帰ろうかってなってたんだけど、
全然知らない通りらしい。
影山くんって何年前にローマに来たんだっけ。
…関係ないか、やばいほどの方向音痴なんだもんな。
ふらふら歩かせちゃダメなんだ。