第3章 鯨
・
・
・
「すんません、衣装…」
被写体の色々を切り取りたいから
それにこれはファッション誌の撮影じゃないから、
モデルを煽てる、立てる、なんてことはしない。
ハプニングが起きても、
放って置けることは放っておく。
ある意味スパルタ現場だ。
影山くんはあのあと、水の当たらないところに一旦逃げて、
それからまた水の中へと果敢に入っていったのちに、もう一つあるボタンを押した。
真上から浴びれるタイプのやつ。
それで3種類全てのシャワーが出ていたけど
さすが高級ホテル、水圧は一定して変わらなかった。
そうなってしまえば、冷静に3つを順番に押すだけ。
そうしていま、水は無事に止まり。
頭を振って水飛沫を飛ばし、
それから濡れた髪をがーっと上げてオールバックみたいになった影山くんがそこに立ってる。
『衣装は大丈夫、もともと買い取って君へのプレゼントになるものだから。
靴だけはもしかしたらもうアウトかもね。 服はクリーニング出せば大丈夫』
「佐々木さんの服も濡れましたよね」
少し申し訳なさそうな彼もまた、かわいい。
このまま撮り続けたいけど、風邪ひいてもな。
…いや今シーズンオフだし。夏だし。もう少し大丈夫かな?
『私のことはお気になさらず。ジャケット脱いじゃいなよ、重いでしょ』
「そっすね」
ピタッと重く張り付いたジャケットを脱いで浴槽の淵にかける。
『いいよ、指示待たないで。
シャツが張り付いて気持ち悪いならどうにかすればいいし、
靴に入った水が気持ち悪いならどうにかして。私は撮り続けるから』
「ぅす」
影山くんはシャツの裾を出し、
ネクタイを解きボタンを全部開け、パタパタとして身体から生地を離した。
まぁ、またピトッてするだろうけど。リネンだからちょっとマシかな。
ボトムは流石にどうしようもないけど…
靴を脱いでひっくり返すと、水がじゃばっと落ちる。
子供が長靴をひっくり返してるみたい。
思わぬ形で、乱れたお姿を見せてもらえて。
「…あの」
そんな乱れた姿でカメラのレンズをじっと見据える。
そしてその瞳には、先程一瞬宿した色がまた戻ってきてる。