第2章 玉ねぎ
ぼんやりとした頭で記憶を辿る。
─── 一人で布団に入った。
すぐに眠りに落ちた。
それはそれは心地の良い眠り。
深い眠りの中、ふっとチョコレートの香りがした。
そして爽やかなパッションフルーツとフランボワーズの香り。
『覚、なの?』
「うん、覚だよ。大丈夫、そのままラクにしてて」
『…ん』
そうして… あんなこと こんなこと したんだわ。
カーテンをつけてない屋根窓から明るい明るい月明かりが入ってきていて。
覚の色っぽい顔も、細い身体の線も、あれもこれも。見た。
覚は食材を触るように、私の身体に大事に触れてくれた。
指で、手のひらで。 鼻で、舌で、唇で。
そうしてパッショネイトなデートと言って想像するような激しさはなく
丁寧にそして絶妙な加減で、覚は私を抱いた。
…大丈夫、今思い出しても愛があった。
覚にも、私にも。
だからこれが一夜の情事だとしても、
いつか思い出した時、
それはきっと胸をきゅうと優しく締め付ける。
悲しい気持ちにはなるかもしれない、
でも絶望的な気持ちには絶対にならない。
そんなことを思った。
そしてそれは一夜の情事にはなることなく。
その日から覚は今日まで、
このアパルトマンの4階の屋根裏で私と朝晩を共にしてる。
学生だった覚はそのままパリのトップショコラティエに弟子入り。
日々朝から晩まで仕事と試作に励み
23歳にして有名ショコラトリーでメインシェフを任され、
今もなお変わらず、シェフとして功績を挙げている。
そして来年には独立して覚のショコラトリーを開く。
私はといえば、こっちに来てまでデザイナーの勉強をしたけれど、
やっぱりパタンナーの仕事が好きだなと結果的になり、
フランスの某ブランドのオートクチュール部門のパタンナーとして働いている。
2人ともそう、それなりに収入は得ているけど、
このアパルトマンが好きで、思い入れがあってずっと住んでいる。
「でさでさ、いろんなところに転がってる愛のことなんだけどさ…」