第2章 玉ねぎ
『はい、これパッションフルーツ。何個あるかな?ちょっと見てみて』
バスケットに入ったパッションフルーツを
キッチンカウンターにほいっと乗せる。
覚は一つ一つを丁寧に見て、嗅いで、味わっている。
舌を使うことなく、味わっている。
『…あったかいお茶飲んでく?』
「うん、飲むし、今日泊まってくから!」
『…ん?』
「今日これからここでムース作らせて!もう俺待てないの!」
『いや作るのは別にいいけどでも家までここから30分くらいなんでしょ?
家帰ってやりなよ、普通に』
「夜中に台所使うとルーミーが怒るんだよねぇ〜」
『…なるほど。 それで?』
「だからここで作らせてぇ〜、ね?」
『…じゃあ作って持って帰ればいいのでは?』
「ムースだよ、ムース!冷蔵庫入れないとすぐだれちゃう。
せっかく泡立てたのに気泡が潰れちゃう!ふわふわじゃないムースなんて……」
『…うん、わかったよ。いいよ、どうぞ。直ぐ始めるの?先お茶飲む?』
「いいよ、りさ子シャワー浴びておいで。俺、先作業してる。
早くパッションフルーツにナイフを入れたい」
『…うん、じゃあお言葉に甘えてシャワー浴びてくる。そのあとお茶淹れるね』
…なんだこの図々しさは。
悠々と線引きを通り越してくるので、
なんでもないことのように思えてくる。
まぁ変に遠慮されるより心地はいいかな。
夜中に初対面の男を部屋に招き入れる私も私だし。
ちょうどとんとんくらいか。
いや、とんとんってことはないな。
彼はなかなか、クレイジーだ。
シャワーを浴びて出ると
シャカシャカと小気味の良い音がする。
水を飲みにそばに行って覗くと、
泡立てた卵に温めた牛乳を少しずつ注ぎながら混ぜているところだった。
水を入れたグラスをカウンターの端に置き、
スツールに腰掛け 覚の作業を見つめる。
「んんん〜! できた〜! あとは冷蔵庫でとりあえず1時間〜」
バットに液体を注ぎこみ、
手を堅く絞った布巾で拭いてそう高らかに言うその声でハッとする。
丁寧に、丁寧に、一つずつやっていく覚の全てに見惚れていた。