第1章 チェンバロ
運ばれてきたコブサンドはとても軽食と呼べるサイズではなく、
翔陽くんには丁度いい量なのかもしれないけど、
3時間もすれば寿司屋に行くわけで…
ってことで、持ち帰りにしてもらい店を後にする。
ホテルに戻ると、
装い新たになった翔陽くんにはちゃんと、ドアマンが寄ってくる。
こういうのほんと嫌い。
まだ、金持ちセンサーが鋭くって、
身なりに構わない金持ちを見抜いたり、
身なりだけいいもの身につけた自転車操業の人たちを見抜く人たちの方が
ずっとずっと潔く、ずっとずっと有能だと思う。
お荷物運びますよ、と手を差し出すドアマンに
翔陽くんは笑顔で断りの言葉を言って、
自分の分も私の分も全部持ってエレベーターに乗った。
…側から見たら持たせてる、高飛車女だろうか。
…え、やだな。
今までの男たちが持ってても、
その男たちがドアマンに持たせてても、
何も思わなかったのに。
誰にどう見られようがどうでもよかったのに。
翔陽くんに持たせてるって思われるのやだ。
『自分の分、持つ』
「え、いいよ。今左右のバランスちょうどいい」
『え、何が?重さが?』
「うん、重さが」
『…そっか ん、でも、持つ』
「そっか、はいじゃあ、これりさ子さんのすげーかわいいやつ」
『………』
普通に照れる。
普通に、照れる。
何これ、騒がしいな、人を好きになるって。
今まで何の音も響かせなかったチェンバロが、
ううん、何度も弾かれて、何度も音は出していたはずのチェンバロが、
自分自身の中に響きを感じたっていうか。
音を出されることに喜んでる。 どぎまぎしてる。 あたふた、してる。