第8章 空
・
・
・
「おー、りさ子ちゃん。 おはようさん」
『おはよう、治くん』
シャワーを浴びてホテルを後にした。
それからおにぎり宮を検索して、地図を頼りにここまできた。
夜の街並みと、日中のそれは空気が全然違って、
旅行客には地図なしではなかなかハードルが高い。
…いや、昨日は信介さんに連れられて歩いたから、というのもある。
自分で歩いてれば、何とかなりそうだけど。
「聞いたで、北さんから」
『んー?』
熱いお茶をカウンターに置いて、治くんが言う。
信介さんは昨日の夜あったこと、
プライベートなことを口外するような人じゃない。
だから、 んー? である。
何を聞いたの?
「今日、行くんやろ?北さん家」
『…あ、』
「すごいなぁ、あんなお堅い北さんでも、会うた翌日にばあちゃん達に紹介しようとかあるんやな」
『…家庭料理』
「ん?」
『ううん、何でもない』
「まー、ええわ。なんか俺わくわくしてきたわ。 …朝メシ食うた?」
『ううん、まだ。 また治くんのご飯食べれるなら、待ってでも食べたいなって』
「ぉん、待たんでも食べれんで。 何にする?」
『じゃあ… 梅干しおにぎりと具沢山のお味噌汁と、お漬物盛り合わせでお願いします』
「オーケー」
そう言って治くんはニコって笑って、支度を始める。
………。
はっ!
私、今日、信介さんのお宅にお邪魔するの!?
昨日の諸々の鮮明さとは裏腹に、
いや鮮明だからこそかもしれない。
大事なとこがぼんやりしてた。
「だはは!おもろいな、りさ子ちゃん。
さっきまでとろんって甘さ残しとる顔しとったのに。
いきなりシャキーンなってるやん。さすがモデルさんやな 笑」
『それ、関係ないっ』
カウンターから治くんがそう言って、
さすがモデルさん、っていう場合によっては、というか
基本嫌なことの多いその言葉が、一つも嫌じゃなくって、
あぁ私、信介さんだけじゃなく、信介さんの周りがきっとすごく好きなのかもしれないって思った。
まだ、田んぼと、治くんと治くんのお店しか知らないけど。