第8章 空
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それからのことはよく覚えていない…
と言いたいところだけれど、
何もかも思い出せるほどに鮮明に記憶されてる。
信介さんは丁寧に丁寧に、私を抱いた。
丁寧なのは想像してた。
きっと信介さんを知ってる人なら誰もがそう想像すると思う。
でも丁寧すぎて多少無骨だったり、不器用なのかなって…思ってた。
巧い下手は今は関係なかった。
ただただ信介さんのことがもっともっと知りたかった。
でも、巧いとは反対寄りにいるんじゃないかなって思ってた。
…でも、でも、でも。
丁寧に、そしていたずらに私の身体を慈しむように、甚振った。
その絶妙な塩梅が、堪らなくて。
何度も名前を呼んだ。
何度も甘い声を上げた。
何度も、その綺麗な背中に爪を立てた。
事後の感じも完璧で。
にゃんにゃんもしないけど、
完全賢者モードってわけでもない。
ちょうどいい具合に甘えさせてくれて、触れてくれて。
知れば知るほどのめり込んでいくのが自分でもわかった。
そうしてそう、その、私を心身ともに溺れさせた当の本人は。
信介さんの腕枕でとろんとろんになって眠りに落ちそうな私に、
甘く優しくキスをして、それから。
「ほな、俺帰るな」
と言った。
がっかりはしなかった。
うん、そうだよねって思った。
どんなに意外な一面を見せられたってこの人は、一貫した何かを持ってる。
「…ええな、ええ子やな。 寂しい顔させてまうかとも思ったんや。
やからこのまま寝かせてそっと抜けるんがええんかなって、置き手紙でもしてな。
でも、それってなんか… ちゃう気がして」
『うん。 今の方がすき』
「…すき。 …ん、ならえかった」
『でもね信介さん、私信介さんが帰り支度するの待ってられないかも…』
「そんなんええ、寝とり。明日の昼過ぎに迎えに来るから、治の店で待っててくれんか?」
『…迎え? …治くんの店 …ん、わかった、おやすみ』
眠すぎて、よくわからないまま承諾の返事をしたことまで、
何故かしっかり覚えている。