第8章 空
「ほんなら治ご馳走さん、美味かったわ」
『治くんご馳走さまでした。また来れたら良いな』
「ぉん、また来てな。 さっきあっこに座っとった常連さんが言いよったんやけど、
りさ子ちゃんってモデルさんなん? それともそっくりさん?」
あ、バレた。
別に隠してたわけじゃないけど、でも別に言いたくもなかったこと。
信介さんはそんな、肩書きで判断する人じゃないのはわかってるけどでも。
こんなちゃんとした人から見たモデルという仕事は、
どんなイメージだろうかと思うと少し怖かった。
『あ、うん。そうなんだ、そうなの』
「そうなんか〜 あ、別にサインちょうだいとか言わんで安心し。
ほんならまた来てな〜 北さんも、また! ありがとうございました!」
すごいなぁとか、綺麗だもんなぁ、とかそういう常套句をとっぱらった、
落ち着いていて、且つあっさりした治くんの反応にほっとしてる自分がいた。
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『信介さん、本当に美味しかった。 連れてきてくれてありがとう』
「やろ? 治の作るもんうまいやろ?」
そういって表情の綻ぶ信介さんはまるで、
「どや、俺の後輩すごいやろ?」
って言ってるみたいで。
そのクールな印象と、その実はデレデレとした部分がある感じ…
これは、ギャップ萌って言うのかな。
ギャップっていうかなんていうかもう… ただただ尊くて、会話を続けれなかった。
「…? どないした? あ、知らん土地でれて知らんやつに付き合わされて疲れたやろ?」
『いやそんなことな…』
「やからってここでさいならってわけにもいかんからな、送ってくな。宿はどこ?」
『宿は… 決まってなくて』
「は? 決まってないん? でも今から泊まれるとこあるやろ、ほな一緒に探そか」
『…ん、ありがとうございます。
もうお別れなのは寂しいけど信介さんと少しでも一緒にいれるのは嬉しい』
「…はぁ、だからりさ子ちゃん男にな、そういうこと気安く言うたら……」
男にだから言ってるんじゃないよ、信介さんだから、だよ。
こんな私が言っても信じてもらえないかな。