第8章 空
「はい、漬物盛り合わせと黒豆の枝豆と卵焼き」
『うわぁ、美味しそう』
「これな、漬物、私物も入れたった」
『私物?』
「俺の好きな人が作ったやつも入ってる。俺用なんやけど、特別な」
『へぇ… お料理上手な人なんですね、早速いただきます〜』
「ぉん、どうぞどうぞ。すぐ他のもんも持ってきますね〜」
お漬物の盛り合わせは、糠漬けと浅漬け主体の中に、柴漬けとたくあん。
ごはんにはもちろん合うだろうけど、ご飯がなくても全然いける。
美味しい。
ビールにも合うだろうけど、なくても全然いける。
お茶とお漬物ってこんなに、合うんだ。
『信介さん、美味しい』
「な、美味いな」
『それにものすごい家庭料理感』
「やんな、漬物はええよな」
『うん、うん!』
それから治くんは豚汁2杯と、おむすびを持ってきてくれた。
信介さんは3つも。 農作業してたものね、それでも少ないのかもしれない。
秋鮭フレーク、すじこの醤油漬け、梅干し。
私も一つなんてできなくって、欲張って2つ。
秋鮭フレークと、栗おこわ。
『あぁ、美味しい。 あぁ、幸せ』
「ははっ その細い身体からは想像つかんくらいにうまそうに食うなぁ。
田んぼでもそんな顔しとったな」
『だって、ほんとに… 全部が主役なのに優しくまとまってる』
「………」
『素材一つ一つへの愛が、行きすぎずちょうどよく、一つのおにぎりにまとまってる』
「………」
『そんな食レポ要らないくらい、美味しい〜』
本当に美味しくて。
信介さんのお米も、海苔も、塩も、それぞれの具も。
炊き加減も塩加減もにぎり加減も。
全部が完璧で、まるで愛を食べてるみたいなおむすび。
治くんの食べ物への眼差しが、おむすび一つに現れてる。
信介さんの田んぼだってそうだ。
信介さんのお米への眼差しが、一眼見てわかるほどに現れてる。
すごいすごいすごい。
この人たちって、表現者だ、ってそう思った。
私はいわゆるクリエイティブと呼ばれがちな業界にいて、
でも私自身は米やおむすび側。
みんなの思いを受けて、仕上げられる方にいる。
でもだからこそわかる、愛のある表現者の仕事の美しさ、細やかさみたいなもの。