第8章 空
「今日、すんごい贅沢なんあるんです。食うてってください」
『すんごい贅沢なの…』
「わかったわかった、食ってくわ」
「好きなとこ座ってください、とりあえずお茶出しますわ」
テーブルの席に座らせてもらって。
2人がけの席だから当然だけど向かい合わせで。
しみじみ、綺麗な人だなって。
「なに?」
『信介さん綺麗』
「何が? 眼の色か? 髪の色?」
『全部が、綺麗。 こんな綺麗な人見たことない』
「そらこっちのセリフや。 りさ子ちゃんみたいに綺麗な人見たことないわ」
『なっ……』
なにそれ、普通に照れちゃう。
綺麗だなんて、お世辞か本心かなんてもうどうでもよくなるくらい、言われてきたのに。
「お茶、冷たいのにしましたよ。今日暑かったですよね」
『あ、ありがとう。 あ、注文…』
「ええですよ、存分にいちゃこいてもらって」
『いちゃっ… あ、すんごい贅沢なのって何ですか?』
「あんな、うんまい道産の鮭が手に入ってん。
それそのまま焼いてもやばいんやけどな、それをな、鮭フレークにしてもうた。
やばいで、究極の贅沢の一つちゃう」
『…なる、ほど』
そのまま、ハラミとして具にしても美味しいものを、
敢えて、フレークっていうややグレードの下がったものにする、みたいなことかしら。
それは確かに、言われてみれば贅沢かもしれない。
それに合格ラインを越えさせるのは、きっと手を加えすぎないこと、な気もする。
例えばホイル焼きとかそう言うものにしたらそれは美味しいけど、別ジャンルというか。
原材料 鮭、塩のみで形を変えた、というか。
この会話だけで、一層治くんの料理への期待値が上がる。
『…それは、絶対食べる! でもちょっと他にも迷いたいから、少し時間ください』
「はーい、また呼んでくださいね」
信介さんと卓上の定番メニューと黒板の特別メニューを見ながら、
何がいいかなって決めてると、他にもお客さんが2組入ってきた。
カウンターと、テーブルにそれぞれ座られた。
話ぶりがどうも、どちらも常連さんのようだった。
きっと多くの人に愛されてるお店なんだろうな。