第8章 空
「ええから、丸齧りするんは初めてやないし」
『あ、そうなんですか?』
「ほれ、自分で言うのもあれやし、去年の米やけど美味いよ」
お言葉に甘えて、おむすびとりんごを交換こする。
そしてそして、そのふっくらとしたおむすびを一口頬張れば……
『お、おいしい。 え、美味しいです、ほんとに。 なにこれ〜』
美味しい!
お米もきっと美味しいし、炊き加減もだし、塩加減も、握り加減もいろいろ。
いろいろ、本当に美味しい。 いい、塩梅。
「ははっ そらえかった」
『………』
くしゃっと笑う信介さんのその笑顔は破壊力がすごくって。
そして同時に自分の語彙の拙さに恥ずかしくなって黙り込んでしまう。
「後輩のやっとるおにぎり屋があってな、
それに比べたら劣るけど、俺のおむすびもなかなかいけるやろ?」
『え、これ信介さんがむすんだんですか!』
「…? そうやけど?」
『おばあさんとか、お母さんとか、奥さんとか…… 誰かがむすんだのかと』
「ははっ ばあちゃんのおむすびに近付きたくて真似してはおるけど、俺はまだ嫁さんもろてへんよ」
『……ちなみに、お嫁さん候補の方は』
「…? おらんなぁ、残念やけど、まだおらん」
私、どさくさに紛れて何聞いてるんだか……
「りさ子ちゃんは、日除けしてるん?肌の露出がえらい少ないけど」
『あ、そうなんです、仕事柄、日除けするようにきつく言われてて』
「でも木陰に行かんのはなんで?」
『…それは』
「空の下におりたいって言うてたよね」
『そう、空の下にいると安心する』
「………」
『カラスに、トンボに、雲に…… 空から見られてるって思うと安心するんです』
「…へぇ、見られとる思って安心すんねや」
『そう、空から見たら私なんてきっと私じゃなくなって、地面に溶けてるんじゃないかなって』
「………溶けてる? そんで安心? ちょっとよくわからん」
信介さんは、少しだけ眉を顰めて、
ほんとにわからないな、というような表情を浮かべた。