第8章 空
ずっと前から軽トラがやってきて、
私の歩いてるとこの少し前の畦道に入って停車した。
私、あんなとこ絶対運転できない。自転車でも無理だな、とか思いながら。
それから、遠目にも、軽トラが美しいのが、分かる。
もっと、農業に使ってる車って、いい意味で汚れてないっけ。
使い古されてて、相棒感あって。
別に新品ってわけでも、ピッカピカってわけでもないのに、
隅々まで隙のないようなちゃんと手入れの行き届いた美しい佇まいの軽トラなんて初めて見て。
近くまで来ると立ち止まってしばらく見惚れてしまった。
そっか、この田んぼの主だもんね。
さっき運転席から降りるのが見えたけど、背筋ピンとしてて。
農作業してるおじいさんやおばあさんって、こういう方多いよね、
とか思いながら軽トラに見惚れててそれくらいしか主の方には気が行ってなかったなって気付く。
軽トラの向こうに続く畦道に目をやると、真っ直ぐ立って田んぼを見てる男の人。
ロマンスグレーともちょっと違う、銀っぽい髪の色。
えらく、若々しく見えるなぁ。
ちょっと、話しかけてみよう。
邪魔しないので、その辺の畦道に座らせてもらえませんかって。
『こんにちは』
「…? こんにちは」
少し間を置いて、こちらを向いたその人は、あれ?まだまだ全然若い?
どんなに健康的に若い身体をしているとしても、おじいさんではないことは確かだった。
バイトかな。お孫さんかな。いろんな場合はあるだろ、まぁいい。
『この綺麗な田んぼを見ながらどこかに座りたいなって思っていて。
畦道に入らせてもらってもいいですか? ほんとにただ、座ってりんごを食べるだけです。
もちろんゴミも持って帰ります』
「あぁ、ええですよ。ほんでもこんな陰のないとこでええんですか?
向こうの方なら木陰のあるとこもありますよ。車出しましょか」
『ううん、いいんです。 空の下に、居たいから』
「そうですか。ほんならいくらでもどうぞ。俺この辺で作業してるんで何かあったら言ってください」
仕事の場に急に乱入してきたと言うのに。
どこまでも丁寧で親切な対応に、心が暖かくなる。
この人のお米、食べたい。
そんなことを思いながら、視界的にもなるべく邪魔にならないように、
少し遠くまで畦道を歩くことにした。