第6章 迷子
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とーるの部屋は綺麗すぎない。
綺麗にしてるけど、整いすぎてないっていうか。
懐の深さが見える感じ。
とーるがトレーニングとか練習に行ってる間、
ものは動かさずにできる掃除をしたり、昼寝したり、
ギター弾いたり、動画見たり、町を歩いたりした。
夕飯は作ろうと思って、スーパーに買い物に行った。
とーる、明日は試合って言ってたな。
今はたまたまここでだけど、いろんなところ行くからずっとこの部屋に帰ってくるわけじゃないよ、とも言ってた。
でも私の帰りのチケットの日付までもあと1週間だから。
わたしがとーるより先にブエノスアイレスを出る。
とーるは私にほんとに好きになったみたいな物言いをした。
受け止めるから、とか。
私は親の金で旅をしてる16歳のガキで、
ここに留まることも、すぐにここに帰ってくることもできないのに変なのって思った。
でも、確かに、嬉しかった …かな。
とーるが帰ってくるって言ってた時間までまだ、時間がある。
もうしばらくこんな風に家にいなかったから。
自分の家じゃなくても、家ですることがあるっていいなって思った。
置くべきとこに物がしまえて、いいな、とか。
そんな気持ちがあったからか楽しくて、
どんどんと進めてしまって夕飯準備もほぼほぼ終わらせちゃった。
ギターを取り出して、気の向くままに弾くことにする。
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「ただいま」
気持ちよく歌ってたら、いつの間にかとーるが後ろにいた。
ドアが開く音も足音もなにも、気付かなかった。
『おかえり』
とーるは立ったまま身体をかがめて、私の口にキスをする。
『…あ、お腹空いてるよね。仕上げる』
「えぇ〜なにこの可愛くて若い新妻感。食べたくなる〜」
『………』
「無言かよ!」
『いいよ、食べて? あと1週間しかいれないし』
「…じゃあ、遠慮なく。 例えあと1ヶ月でも、1年でも、もっと時間があっても。
欲しくなったら、遠慮なく抱くから」
そう言ってとーるはそのままソファで私を抱いた。