第1章 チェンバロ
フロントで明日のディナーの予約をして、
ついでに車の手配もしといた。
お風呂にお湯を張って、
潮風と汗でベトベトになった身体を洗い流す。
さっき翔陽くんが言ってたことについて考える。
孤爪くんは確かに、有望な若者だ。
大学生にして、人気YouTuber、プロゲーマーであることはまぁ置いておいても。
株式トレーダーとして相当頭が切れるらしいし。
会社の方の経営状況も右肩上がりだと聞く。
怖い、右肩上がりではなく。
想定内の横線を含む右肩上がり、というか。
それでも世界の富裕層、財閥に比べるとまだまだお子ちゃまな財力なわけで。
そしてそこへのしあがってくる気などさらさらない人だ。
そんな人を私の見合い相手に選んだ。
これで見合いは最後にするからと、彼にだけは一度会ってくれ、と言われた。
そもそもどうして彼女だか婚約者だかのいる彼に私を会わせようとしたのだろう。
振り向かせる魅力があるとでも本気で思ったのだろうか。
あーうるさいなー はいはいー くらいの気持ちでしか聞いてなかったけど。
確かに、ちょっとそうだな… 変な話ではある。
…彼が私に惚れるんではなく、私が彼になら面白みを感じると思ったの、か?
確かに面白い子だった。
27歳、日本有数の財閥の娘、その上じゃじゃ馬。
そんな私に顔色ひとつ変えず、臆せず、
口調も声色も声量も、何一つ怯えや媚びなど見せることなく、淡々と話した。
そして恋人の話を探ると、少しだけわくわくというかほわほわというか、
本当に少しだけ顔を綻ばせ、あくまでも淡々と、
でも相当な惚気というかご自慢を聞かされた。
ただの情報、と言わんばかりに並べられる彼女についてのトピックは
そこまで言わなくてもこの場は収まるのではないですか?というほどに多かった。