第1章 幼少期〜9
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そんなに雪が降らない地域故に助かったとしか言えない。夜半に帰蝶が僕の部屋に駆け込んで来て、僕に逃げろと悲痛な顔で言った瞬間に何が起きたのか察してしまった。
帰蝶を安心させる様に大丈夫だと声を掛け、避難用具と言うか、いつ何が起きてもと纏めておいた包みを隠してた床下から引っ張り出す。
「帰蝶、君は自分の部屋に…何事も無かった様に振る舞ってくれないか」
「でも…!」
「大丈夫。道三殿は帰蝶には甘いし」
生き延びて見せるからと武器や旅の荷物が入った包みを抱えると、鼻につく臭いに顔を顰める。
そうか、僕の部屋は屋敷の一角。火事と見せ掛けて殺すつもりだったか。
帰蝶の背を押し急いで戻らせると、僕は布団に自分が寝ている様に藁で作った身代わりを置いて屋敷を飛び出す。
バレない様に自室の床下に色々と用意しておいて良かった…雇い忍が居なくなったから尚更気付かれ無かったんだろう。
火が回っている状態で部屋の様子を見れば寝ていると勘違いするだろうし。
父の詰めの甘さや思い上がり的な性格は嫌と言う程知っているから…
「しっ…かし、黒羽と雹牙が居ないタイミングで来るとは思ってたけど…!はっ、はぁっ、1年も待てなかったのかあの男は……!!」
安易な着物を着ながら走ると言う器用な事をしつつ愚痴を零す。
いつ頃この事態に伊賀は気が付くだろうか、否、あまり頼り過ぎて迷惑を掛けたくないから兎に角この地から離れないと。僕が生きていると知ったら山狩りを行う可能性も考えて、出来るだけ遠くに。
僕の馬が繋がれてた小屋に馬が居なかったのは綱が切られたのだろう。火に驚いて逃げ出した様で結局自分の足で走るしかない。
長距離は苦手なんだけどな!!
息も切れ切れに、汗だくになった頃に山を抜ければ空が少し明るくなっていた。
大分長い時間走ってた様で、見覚えの無い景色なのは美濃から抜け出たからかな…?
水の音を聞き小川を見つけ、そこでやっと一息つくことが出来た。
「はぁ……。冷たくて気持ちいい」
叩き起され、逃げてからもアドレナリン大放出だったみたいで。今になって手や足が震えてきた。
要らないと、存在を許さないと言う殺意や恐怖が今になって襲い掛かり、砂利の上に座ったまま蹲る、声は押し殺したままだけど溢れる涙を止める術は無かった。