第2章 視界から呪いへの鎹
左脇腹にがっちりと回された腕は拘束したまま、アスファルトに私の足を着ける。まっすぐ立って、追手が見えない事を確認した。
そして黒い服の胴の主、君臨する頭を見上げるとドヤ顔をする悟が居た。
「どうよ?呪術師業界最強による呪術は!褒めても褒め千切っても褒め殺しても良いんだよ?」
『……わあっすごい、んだけど…なんでこれ出来るなら最初から使わなかったん…?ねえ、この疲労は何?この汗は?無駄に勝負に負けた敗北感とか…えっ…』
息が整い終えた。けれども私の行動を予想しているであろう、男は地に足を着けた私を拘束してる片手を退けない。
手首を掴んで退けようものなら石のようにしっかりしている。畜生!
悔しい、と思いながらちょっと上半身を引きつつ上を見上げる。
「さて、と。僕が提案した、"さん"を付けて呼んじゃったうっかりさんがどうやら近くに居るらしいね……?どこだろう?どこに居るんだろ、あっこんな所に居た!」
『ぎゃーっ!ちょっと、ちょっとさあ!よく考えて見てよ、そもそも通常の恋人達って常日頃キスしてるワケ!?違うよね?なんでこうっ…、』
両手で鎖骨辺りを押してこれ以上近付くのを阻止してる。
私の反応がそんなに面白いのかってくらいに楽しそうだ、このさん付けしてはいけない男は。
「僕がしたいんだよね~、ほらキミ、こんなにも面白い反応してくれるからさ…、」
『無闇矢鱈とこういう事迫るの、良くないっ!こういうのはマジで好きな子に、やんなさいっ!あんたくらいなら居るでしょ、そういう人!』
ぴたっ、と止まった隙に逃げ出す。
……硬直してる。5歩程走り出して振り返るも追いかけて来ない。
私は少し離れた場所のバス停へと走った。ええと、平日の…9時半以降…はもうないか、次は…10時5分!
携帯を見て、屋敷から出る時は9時半だったのが48分となっていた。いくらなんでも龍太郎が走り続けているとしたらもうここに来てもおかしくない。ターミネーター走りはこちらに向かってくるだろう。
『……こうしてる内に、家から…婆ちゃんと龍太郎が来ちゃったら…っ!』
振り返ってみると、硬直の解かれた悟が直ぐ側に居る。
ビクッ、と私は少しばかり体を強張らせて警戒したけれど、特に深追いする事は無い。
きっと、本気で好きな子でも思い浮かべているんだろう。安心感と少しばかりちくりとする気持ち。