第13章 磨りガラスの想い出
キヒッ、フハハハハ!と笑いながら上機嫌で去っていく男。カッカッカッ…と靴の音が遠くへと消えていく。
じーっとクリミアは私を見て、部屋の状態を眺めてた。
「出血が酷い…治療は、済んでますね。
朝食を持って来ます。その後本格的に着替えと掃除をしますので、少々お待ちを」
『………』
コッコッコッ……と軽い足音が遠ざかっていく。部屋の前にはもう誰も居ない。
弛んだワイヤーが今も腹部を貫いたまま。あの顎ヒゲ男はニヤニヤしながら、ワイヤーをそのままで私を放置している。
今は充分に休もう、クリミアが持ってくる食事をしっかりと摂ろう。
生きなきゃ…と考えているのに。縛りへの抵抗は今日は耐えられても明日はどうなるか分からない。我慢と諦めの天秤がガタガタと傾きあって、少しばかり諦めに傾いて来ていた。
……ボスに首を斬られるよりはマシだしね。縛りをしている間はこんなに辛い目に遭わなくなるんじゃないのかな…。
私はこのリベルタでは重要なポジションに居る、だからこそ簡単に手放される事はない筈だと確信してる。組織を動かす重要な歯車、リベルタの道具。奴隷という意味の名前を押し付けられたとしても。
例え殺されそうになったら……その時は命乞いなんてしてやらない。
命乞い…?前にその言葉を口に出した事があったなぁ。
ゆっくりと立ち上がって血が乾き、赤黒いシミをたくさん付けたベッドに座る。軋むことなく、堅い感覚。腰を痛めそうになる。
『……あーー…なんだっけ、命乞い…』
まだ外からの明かりがあるから、部屋の電気は着けられていない。その細くて鉄格子の入った、天井に近い窓の差し込む光を見上げる。
確かあれは……遊園地の任務だかデートだか曖昧な時だった。
"もしも自分じゃどうも出来ない時だったら敵に情けを乞うよりも…悟にだけは助けを求めるかもね"
そんな事を私は言っていた、見上げた彼の顔が逆光の様にどんな顔だったか分からない……。
少しだけ恐怖と調教の電気の余韻の震えが止まってきた。暖かい想い出が冷たいトラウマの温度を消し去ろうとしてくれている。