第13章 磨りガラスの想い出
以前の生活はとても便利だったのにその便利が全て抜け落ちた生活に私はもう慣れてしまった。匂いも…部屋で使ってたシャンプーも、柔軟剤も何もかも今は思い返せない。
毎日代わる代わる接客を繰り返し、匂いと聴覚を研ぎ澄ましていたらより過去の想い出が物凄い勢いで消え去っていくような感覚。
けれどもやめられない、来る客の中には私に気が付いてくれる知り合いが来るかもしれない。顔を隠されても、どうにかしてSOSを出してそのまま連れ出して欲しい。
……とりあえず逃げ出す事を優先していたら、会いたい悟の姿はもう曇ガラスみたいな姿になっていた。
顔は肌色なのは分かる。
確かサングラスを掛けて頭髪は白。ええと……身長が190センチあって、抱きしめた時にジョリジョリしてた、そうツーブロックの髪だった、はず。
10メートルくらい離れてたら分かるけれど至近距離はどうだったか、というと磨りガラスを挟んだ状態。はっきりと思い出せずにこうしてボーっと壁を見つめてる。
悟に会いたいって気持ちがあるのにその気持ちが果たして本心なのか自分じゃ分からなかった。だって秘密を隠して迫って来ていたんだし。尻込みしていた自分はいつの間にか自分から遠ざかっている。
ここに居る時間がかなり長くなっていておかしくなってるんだって自分で気付いてる。
スパイを送り込んでるからすぐに来る、なんて分からない、明日・明後日という次元じゃなくて1ヶ月とか1年とかなのかも……。
また、ひとつため息をつく。
やっぱり、縛りに賛成した方が良いんだろうか、という考えが寝るまでの時間に何度か増えてきた。このまま耐えても、その耐えきるのはあと何日なのか、何週間なのかも分からない。とても辛い。私の中の意志が揺らいでる。
──楽に、なりたい……。自由になりたい…。
コツコツコツ…。軽めの靴の音。
ベッドの上での三角座りをして見上げる私に薄暗い部屋の外からクリミアが声を掛ける。
「実験の時間ですので一度、檻から出ます」
ビー…というロックの外れる音。中に入ってきたクリミアは私の側へとやってきた。
ゆっくりとしていたいのに、と立ち上がってベッドから立ち上がり、与えられた履物を履いて両手を前に出す。今日のクリミアは拘束具ごと引っ張るんじゃなくて私の背を押したい気分みたいだ。