第13章 磨りガラスの想い出
「こちらへどうぞ、七尾様」
替えの着替えや靴は待機中の車内の中にある。今は片足分が半ズボンと化したスーツでその部分から片足分のサンダルを借り、私は背にリュックサックを、龍太郎さんは私が使っていた松葉杖を抱え、案内された一室へと入った。
入って早々に先程よりは小規模の応接間。その室内の机にリュックサックをドスン、と乗せる。
「七尾様。では、確認を致します」
「……はい、宜しくお願い致します」
一室に移動しても態度を崩す事なく、"七尾"呼びとなると盗聴器が設置してある可能性がある。
さくさくとリュックから取り出した札束を確認していき、龍太郎さんは少し不自然な位置で目を斜め上へと動かす。サングラスを掛けていて良かった、ちら、と見れば小型の物が天井に着いている。
なるほど、カメラもある…と。
「領収書を発行致しますね、七尾様」
「ああ、でしたら……」
自身の上着のポケットから聞きたい事を纏めたものを渡そうとした所、首を振られる。相当警戒している様で、彼は手のひらサイズのメモを取り出す。
「……七尾健太、でお願いします、漢字は…」
「こう、ですか?」
「いえ、健康の健の方で…」
よくあるようなやり取りをし、走り書きのメモをちぎって領収書を書いている。
そのメモの下に数枚ごちゃごちゃ書かれたものを見て、彼の視線と合う。次に視線は部屋のゴミ箱、メモをとんとんと叩く動き……なるほど、客が心遣いを発揮するというフリをすれば良い…と。
「こちらのメモは捨てましょう、私も無い足が戻って久々の感覚を楽しみたいので」
「ああっ、七尾様そんなお客様ですのに…」
「いや、これくらいはさせて下さい」
ふっ、と笑ってそのメモを取り、上手く袖の中に本命のメモを隠してフェイクのメモだけを部屋のゴミ箱に捨てる。
領収書を受け取って、私の体を張った出番はこれで終わり。
その前にメモを確認したい所。