第13章 磨りガラスの想い出
毎日思い出しても実物が居なければゆっくりと記憶が歪んでいく。大切な人であるのに。両親や友達、兄弟ははっきりと思い出せる、だって十何年といった、とても長い間過ごせたから。
悟とはまだ出会って数ヶ月と短く、たくさんの想い出や愛情があっても、大まかな記憶がされていたとしても。細かな記憶は一部分ずつ剥がれてる。パズルをしていて顔の部分のピースが抜けてるとか、手の部分のピースが無いとかそんな感じに…。
あの時、どうしてたっけ?
あれは何色だっけ?どういう香りだっけ?
……。
そうなってくれば……。
顔を上げて一面なにもない壁を見上げる。四角いコンクリートの壁、文字もポスターも窓もなんもなくて刺激のない景色。ぼんやりと見ながら悟について考えてた。
私は本当に悟を愛していたのだろうか?とまで自分を疑い始めて嫌になってくる。母が言ってた既婚歴っていうのも教えてくれないし、たくさんの女の子と遊んでた人。本当に私を好きになっていたの?私もそんな彼を好きだったの?
私の心は博物館のトイレに籠もる前と変わって居ないのかもしれない、会いたいのに会えないって気持ち。入って考えた時の今夜悟に聞こう!って思い切りはもう、時間が経って尻込みしてしまっていた。
自己との葛藤の中で近付く足音。カツ、カツ…、複数の足音。ルーティンは終わったし実験かな……。
ボスが連れてきたのは新入りらしい、けれどその顔は何度も見たことのある顔。心底驚いた……思わず見上げて硬直したままに目を見開いちゃった。
ボスは意地悪そうに笑う。そっちの笑い方の方が体格に似合っていて……。ボスは彼の肩に手をぽん、と置いた。
「君の伴侶となる男ですよ、身に覚えがあるでしょう?彼を振った所で彼自身はあなたを諦められないそうでして…」
にっこりと笑う、その何度もみた若い男。
完全にリベルタに堕ちたような態度……。助けにというわけじゃない、追いかけてきてる絶望。
龍太郎は胸に手を当て、檻の前で軽い会釈をした。