第12章 愛し君の喪失
──それは博物館トイレの個室、便座の蓋に座って悟についてを考えていた。
婚姻歴があるのなら婚姻届とか渡しまくる以前に話してくれたって良かったはず。
どうして…どうして私に話してくれなかったんだろう?言えない理由があったんだろうか?それとも死んでしまったというその子が忘れられないからとか……。
答えの無い状態でひとり考え込めばいくらだって良くない妄想が出来た。豊かな想像力は時に軽い結果に、時に最悪な結果を思いつく。泣きそうになった、こんなにも後戻り出来ないほどに愛してしまった人に隠し事をされた事、それが何か意味があるんじゃないかって事で。
悟の一番好きな人は私で、私の一番好きな人が悟。いつしかそういう風に考えてた。でも、その人が忘れられない、一番の人だったら私は永久に悟の二番目に好きな人。貪欲に彼の一番になりたくてこの疑問に対する答えも貰っていない時点で湧き上がる愛憎。
母の言葉を反芻する。話し合う前から疑って呪っちゃ駄目だからね、という言葉を。きちんと話し合うという事を。
……そろそろ行こう、さっきより最悪な気持ちになってる。これ以上どん底になる前にすっきりしなきゃ。
帰ったら悟に面と向かって聞いてみよう。怖いけれども、勝手に想像してひとりで抱えるよりずっと良いはず。私は…しっかりと愛してくれる悟を信じないと。そう決意をした。
カツ、カツ、カツ。靴の音と布がズズ、と擦れる音。靴の音からして野薔薇じゃない。博物館スタッフかな…もう祓い終わったから営業準備に入ったとか。
だったらそろそろ出ないと迷惑掛けちゃうし、皆も待たせてるよね…。
コンコン、とノックをされてびくっ!と肩を跳ねさせる。声は出さずにドアをゴンゴン、と気持ち強めに叩いた。
便所入るなら他使えよ…。他いくらでも空いてるじゃん。
蓋から腰を上げる前に、さっきからブーブー震えてうるさい携帯を取り出す。何の用かな?早くしろって事かな?