第12章 愛し君の喪失
静かな動作でやって来たのは大人しくて幸薄そうな女の子。声とかもう忘れてしまった、少し緊張してどもってた印象がある。
こういう場に合わせて適当に質問して、ちょっと庭でも散歩しようか、と手を引いて外へと出た。指が細くて冷たかった記憶。
「僕さー、まだ結婚とか堅苦しいの嫌なんだよねー」
"──……、"
困った顔してたっけか。幸薄くて困った顔してお似合いだった。よく遊んでた女の子達とは正反対。委員長タイプとか図書委員会とか、教室でひたすら静かに本読んでそうって思えた。
朧げな記憶で顔の造形もはっきりとは覚えてない。すりガラスみたいな記憶。幸薄そう、いや苦労してる子だって思えたのは髪の毛が白髪混じりだったという事。
その僕にお見合いしてくれと頼み込んできたのは春日の一族だった。と言っても本家じゃない、春日に生まれた男が他所に行ってそこで生まれた女の子。一族の血や髪に宿る呪いなんてなくてその気弱で幸薄くて大人しい子には両親からのプレッシャーが掛かっての白髪化だった。
え?何さ悠仁、なんでプレッシャーが掛かるって?
それはね、僕とハルカが出会ったのはごく最近。当時春日の一族なんて婆さんひとりでもう居ない…事実上血は途絶えたと見られていたからだよ。もし生きてるって分かったらどうなるかって今までの事思い出してみなよ?……そうそう、京都の高専からスカウト来たり、攫われそうになったりしたでしょ?だから余計に一族が生きてる事を家族に隠されてたんだよ、ハルカはさ。
隔世遺伝を期待されていたけれど、父親が入ってしまったからただの春日の苗字を持った子。呪いさえも見えない子。
僕が一緒に歩いていてお見合いを断ると、彼女は必死に引き止めた。これだけが希望なんだと。その手を払いもう一度お見合いの為に用意された一室に戻った。
「このお見合い、お断りします!」
僕はニコニコ笑ってそう言って断ったよ。
空気が凍る中で更にそんな空気を切り裂くような金切り声が聴こえた。僕の笑顔も消えここに集まる誰もが庭の方向を見た。
走ってる時に見えたのは見知らぬ男、片手にナイフ。あの女の子の肩を切り付けたのか血を流してる。男は周囲を見渡していた。その目はたくさんの顔が覗いていたから僕達が居る一室に顔が向けられる。