第12章 愛し君の喪失
荷物を抱えて部屋から出ようとするとドタドタと這い寄る男。その悟は私の片足に縋り付き見上げた。
「ちょっと待ったァ!帰る前にさ。まずこちらを御覧ください!」
ゴッ!とどこにしまっていたのやら、背後から黒くて長細いものを畳の上に置く悟。
割と大きく何かのロゴのようなものが書かれている。なんか高そうな"なにか"くらいは察する。なんだろう?と首を傾げた。
「なーんだ?」
『いやこれわっかんねぇんだわ……で、それ何?』
後少しで廊下に出るという私も流石に分からなくて足を完全に止めていた。正解がわからん、教えて悟くん。
真顔で悟は言葉を発した。
「ピンドン」
『は?』
「ピンドン。ドン・ペリニヨンのロゼっていうの?それの箱付き。そんなに高いモンじゃないのねー、これ。
ああ冷やして貰ってたからすぐ飲めるんじゃない?」
ただの温泉旅行になんてもん持ってきてんだこの人は!そんなに高くない?いや、高いハズだったよ、たまにワインを飲むけれど、数百円~数千円とかのレベルじゃないやつ!
この人ボンボンか?ああボンボンだった!
ホストとかの盛り上げる時にピンドンいっちゃってー!ってやるやつじゃん、メインのやつじゃん。それを…おまっ……!
悟は私の足元であぐらをかき、その縦長の箱に片手を乗せる。それはアルコールに耐性のない悟であるのに似合う光景でもあった。
彼は口元に笑みを浮かべているけれども狩人の目付きをしている。
「……オマエさ、お酒好きだろ?」
『ふぁ…っ』
飲めるのならば飲んでみたい、すぐ近くにあるし……。