第2章 視界から呪いへの鎹
8.
ちゃぷっ……、湯船で私が動けば、水面が揺れる。
祖母の家、いや春日の本家にあるお風呂は大きな浴室に浴槽だった。そこにひとり入るのは、この人が少なすぎる屋敷ではなんだか怖い。けれども呪いが入ってこないようにと屋敷全体に結界が掛けられているらしいからある程度は安全が保たれている。だから安全だ、と言われても私にとっては安全じゃなかった。
呪いよりも現在の私が恐れるべきは人間だ。この大きなプライベート空間でお風呂に浸かるまでの事を思い返した。
──散歩から手を繋いで帰った時。
玄関の真ん前で目を細め、眉間にシワを寄せた祖母とその側に立つ従者(私の許婚とされる)龍太郎。
きっと龍太郎が祖母に伝えたんだろう。私達の姿を確認して疑う顔だったから。
「おかえりなさいませ五条様、そしてハルカ」
「たっだいまー、どったの?随分と怖ーい顔して?何かあったのかな?」
祖母は訝しむ表情で私達の顔を交互に見て、口元を袖で覆う。
「演技…なさらずとも良いのですよ?始めからお付き合いをしていないのでしたらこちらにとっては何も言うことありませんので」
「……ほらほら、キミがあんな事言うから~」
『んなこと言われてもさぁ…』
悟の握る私の手に少し力が込められている。今じゃその真意が分かる。私を道具の様にされない為に守ってくれているという事だ。
それは祖母も、私を呪術師に道具のように売ったり、龍太郎を差し向けて子供を作らせようとしている、そういう腐った考えから守ろうと……、
そこまで考えていた。頭上でフッ、と鼻で笑う声がしたから、悟の方を見た時に事は起きた。
『……んっ、』
考えが止まる。それは拒絶する隙を与えない。
片手が私の頬をむに、と掴んでそのまま屈んだ悟が、私にキスをしたからだった。間近に見る小さなサングラスから隠しきれないその目は瞑らず。上空を直視したように綺麗で…。
柔らかくて他人の体温が唇に灯った事に遅れて気が付いて、一度身体を跳ねさせてしまった。全身の血管に熱湯を流したかのように熱い…!