第10章 末裔の貝殻は開くのか?
79.
視界が赤黒い領域に着いて早々だった。
私の同行者がすうっ…と息を吸い込み、急に声を上げ始めたのですごい勢いで彼を見上げちゃった。
「どもどもー!春日家末裔のハルカの恋人、五条悟でーす!またお邪魔してます!」
『ちょっとこの雰囲気!空気ってのが読めないのか、あんたはっ!自宅訪問じゃないっつーの!』
先祖達の魂の概念達がぽかんとする中で元気な28歳児は片手を上げて自己紹介をし始めていた。
全く、行動がいまいち読めない事が多い人だよ…と、ぽかんとする先祖達の視線が悟に刺さる中、私は繭状になった人物へと歩を進め始める。悟に気を取られ少し遅れて、その繭を守るように先祖たちが私の前に立った。人の壁、いや魂達の壁。風もないこの空間でひとりの春日の体が揺れる。
"来て早々になにをするつもりだ!"
満員電車並に通り抜け出来ないくらいに密集してる。この人達の時代には無かったであろう、ソーシャルディスタンスという概念はない。
私は当たり前だろ?と迷うこと無く理由を私に向かって質問してくる人に話した。考えて発言するまでもないし。
私の背後の方で悟が"お茶は出さなくて良いよー?"とか言ってる。マイペースだなぁ…なんて。少し私の肩の力が抜けた。
『何って親子の会話くらいするでしょ。あんな状態じゃ言葉も話せないんだ、開放しなきゃ』
"駄目だ、許可しない!"
"リョウコとの会話などさせぬ!"
"殺せないからこうしてるだけ、居ない者としろ!"
口々に拒絶する、母と娘の再会。
むっとしながら悟を振り返る。悟も私の側に着いてきていた。
「話し合いは駄目そうだね。どうする、ハルカ?力づくでやってやろうか?」
長身故に覗き込むような格好で言う悟の表情は口輪を外す手前の狂犬の瞳。
私は首を振った。悟を一緒に連れて来たのはそういう事をする為じゃないし。
両腕を前方に伸ばす。
メイちゃんがまっくろくろすけを叩き潰して、サツキに見せに行くような、そんな状態でその満員電車ばりの密度の先祖にぐりぐりと差す。誰も退くつもりはなくて人混みを掻き分けるように。
……このまま"怒髪天"を伸ばして、左右に退かせたらこの邪魔する人達は左右に捌けて道が出来るよね。