第9章 五条求婚する
しかし僕との体術はしっくりと来ない。初めての手合わせの時は"変わった体術だな"とは思えたけれど今の彼女のスタイルは僕や生徒達に合わせたもの。ハルカらしさが入っていない。
なんていうか…親父さんに仕込まれたっていう体術を見せない。あの編入前の親子喧嘩の時のような。
「……おっと!」
殴りかかるその腕を掴んで胴体をもう片手で引き寄せた。ハルカは始めは真剣な表情だったものの急に抱き寄せられて困惑したハの字の眉をしている。
『ちょっといきなり何さ、稽古の途中でしょうよ?』
「うん、そうだね。でもひとつ良いかな?」
片手の引き寄せた腕。彼女の腰回りからするすると上げていき肩まで上げる。もう片手でハルカの顎に触れて強制的に僕と見つめさせた。
……ふふっ、顎クイ。なんちゃって。言う前に頬が桃色になっていくのが良いよねぇ。
キスまでは15センチ程の距離。
その離れた中で僕はハルカにちょっとだけ微笑んだ。
「……なんでヤンキー親子直伝の喧嘩術出さないの?」
単刀直入に聞いた。そっちの方が彼女らしいから。
それを聞いたハルカは不思議そうな顔をして僕の目をじっと見上げてる。
『なんでって言われても。こっちがやりやすいからじゃないの?』
瞳をじっと見ていたけれどふと視線を下げれば、柔らかい唇。触れたい、かぶりつきたい、吐息さえ漏らさないほどのキスをしたいけれど今は駄目。
「うーん、やり辛いかなぁ?でもさ、良い所あるよ?長年の慣れというか本能のままというか、野生を帯びた闘争心……、そうねぇー。
キミがずっと何かを我慢するような、閉じ込めるような本能を剥き出しにしてしまえばまた違うと思うわけよ、その封じ込めてる体術もさ!」
体術というよりも喧嘩というべきか。その接近戦に似ているのはハルカ自身。素直になれないハルカ……そんなハルカもお酒を飲んだり、ベッドの上では少し素直になってくれる。
それと同じ様に、貝のように胡桃のようにとても硬い殻に封じ込めた"何か"。僕はその隠し持った彼女の本当の"獣"がみたい。
じーっと見つめていると困った顔は何いってんだコイツ?と言いたげな胡散臭いものを見る様な表情。少しだけ首を傾げたハルカにずきゅん!ときて、どうせ顎クイしてるからと唇を軽く重ねた。