第9章 五条求婚する
──医務室
ドアを開けた瞬間から鉄の匂いの満ちた室内、床に零れ落ちた多くの血痕。血に染まった包帯がゴミ箱に入りきれずに床に落ちている。それらがまるで事故現場にも見えなくもない。
応急手当として調査中の現場で使っていただろう、消毒液の匂いも鼻につく。
辿り着いた時は家入は忙しく止血を急いでいて、私は白いベッドを朱に染める片腕のない人の元に駆け寄った。
走ってきて私の呼吸は乱れていた。
ポリ手袋の詰まった箱からズボ、と取り出して手に嵌める。
「早速だが頼むぞー!」
『了解です、では、包帯取りますよー』
うう、と汗をかき痛そうに呻いてる男性。包帯を外し止血用に使ったであろう何かの柄物のハンカチを剥がす。凝固していたり、肉とくっついていたのが小さくミリッ…と音がして男性は歯ぎしりをしながら大きく呻いた。
特に異物はなく、噛みつかれたというのは分かる。ピュ、と止めるモノが無くなった切り口から血液が漏れ出した。
手袋越しに肩に触れる。
『私の術式を使います、"髪夜の祟り"…今あんたの負っている怪我を私の式髪に写します』
術式の開示。重傷であるから今までよりも少しだけ早く傷に作用されているみたいで。
見下ろす傷はミチミチと肉が再生を始め、骨も筋肉も血管も神経も…中心から外側へと盛り上がっていくように、元の肉体を生成していく。
黒いスーツを脱ぐ暇なく止血したのか、元に戻った体は袖が無くワイルドな格好になっている。
『……はい、終わりです』
「……あ、…腕が、再生してる…」
痛がっていたのが嘘みたいに、今度は驚いているのを横目に私は血塗れの手袋を廃棄して家入の元に向かった。
重傷者はふたりだと聞いていたから…。
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ドアからぞろぞろと出ていく5人。人数も多かったので走り書きで名前と怪我の状態をメモにしてデスクに放り投げる家入。本当に忙しかった。
その5人の背を見送りながら同じタイミングで、私と家入は大きなため息を吐く。やはり暇な方が良い。
「なんか飲む?」
『あー…何があります?』
「コーヒー、紅茶、緑茶と……粉のカフェラテ、抹茶ラテ」
甘いものは好かないんだろう、ギフトか何かで貰ったらしいスティックタイプの残りっぷり。
引き出しの中を覗き込んで指先で少し迷わせて私はカフェラテを選んだ。