第8章 スキルアップ
「うーんと、とりあえず僕はマグロと赤貝とあと5貫くらい適当に見繕って!……ハルカは?悩んでるの?ほらほら、大トロとかあるよ~?こういう場では食べておきなさいって!」
頬杖を突き、片手で壁のお品書きを笑って指差す悟。
まず、一貫100円(税抜)はあり得ないのは理解している。一番安くても多分……多分たまごでしょ。
『……それじゃあ…たまごと茄子の浅漬で』
「あ、今のは無視して彼女には大トロと、あと親父さんのおすすめを適当にお願いするね!」
はいよ、と返事をした男性に少し片手を出しふるふると首を振る私の手を悟は下げた。何故私の注文が取り消されるのだ…!
サングラスの奥の優しい瞳が笑ってる。
「今のうちに慣れときなって。頻繁に来るかもしれないだろ?」
『ひんぱん…?』
──頻繁に来る所か、これ。値段書いて無いんだぞ?多分日によって変動するやつじゃないの?
シャッシャッとそれは相当修行を積んで来たであろう職人技を見てから悟を見る。
……いやいや本当に悟が言うように頻繁に来る所でしょうか、こちらは。
手汗をかき始めた私はそっとおしぼりを取って手を拭いながらずっとこちらを見ている悟を見る。
予想外だと…驚いた顔をされてしまった、私何か珍妙な行動しました…?カウンターの上ではあるけれど、手汗を拭いていたおしぼりを思わず落としてしまった。
「え?何とぼけちゃってんの?キミ、名字がそのうち五条になるでしょー?五条ハルカになったら普通に来るでしょ、寿司屋」
五条ハルカって言った、悟。
今の飲み物とか口に含んでたら噴射してた。危なかった、と俯く。
『……そういうのはシラフの時に言って…』
「えっ、今お酒飲んでないでしょ?もしかして雰囲気に酔ってたりする?」
『そうだシラフだった!酔ってなかった!』
勢いよく顔を上げて酔っていないのだと自覚した。ふわふわしてない頭であるから事物事が良く考えられる状況にある。
ネタを落としかけた店主がぺこぺこと頭を下げて新しいネタを切り出してシャリと融合させてく。悟か私か分からないけれどプロも失敗させる発言だったようで。
確かに今までに何回か言われてるけれど。隣からめちゃくちゃキメ顔をされているけれど。