第8章 スキルアップ
64.裏
「ハルカさー、部屋に2年の生徒上げたの?僕、通りすがりのパンダと棘にめっちゃからかわれたんだけど?」
ビーフシチューの鍋に蓋を乗せた私は、となりでバゲットを切っている悟に話しかけられた。目の疲れやすい悟は極力こういう場でもサングラスをしてる。一緒にいる時は色の薄いサングラス率が多いのだけれど。
悟の言ってる事に身に覚えがある私はススー…、と悟とは反対の方向に顔を向けて頷く。ウン、と。
そしてそっと悟を向いて言い訳とは言えない、いや言いようがない事を説明した。
『ほぼほぼこっちの部屋で過ごすから消耗品が多いんだよ。
だから今日買い物しにいったらその先でさ、先輩たちに遭遇しちゃって。
一人で外出して良いのかー?っていうからさ、許可済みですって悟の許可を証拠にだしました、と』
証拠とはメッセージのやり取りの事だ。
火を弱火に絞り、シンクの縁に片手を置いて寄りかかりながら悟に続きを説明した。
これは予想してなかった結果だったから必死だ。真希とのやり取りについて拳を握りしめて力説する。
『そしたらどの色が良いかってやり取りの方まで見られちゃってさ!分からないようにしてたのに勘が良すぎるんだよ、真希さんは!なんで一発で下着の事って分かったんだか。
……で、色々聞かれたくなければ車で高専まで送れって言うんで一緒に帰ってきたら、お礼に荷物部屋まで運ぶよって。遠慮したらそれはそれで勘ぐられてしまうし……』
もちろん、荷物は自分ひとりで全部運ぶつもりだった。でも運んでくれるという親切心に甘え、それが部屋まで入ってしまうというオチになったってわけで。
切ったバゲットを焼ける状態にしたのでトースターにぶち込む。悟は口元を手で隠して何かを考えているようだ。
「回避できなかったってのは今ので良く分かったけど。でもさぁ、ハルカ…」
『…ん?』
シンクに掛けた片手、爪先でカツカツ、とリズムを取りながら第二陣のバゲットを焼こうとトースターを待っている。
悟は勿体ぶるように随分間を開けているので、続きが私は気になった。
『何?でもの後は何が続くわけ?CMの後とか引き伸ばす感じ?』
「ふふっ、五条悟の放送局はコマーシャルメッセージは要らないのさ!」
身長が190センチはある悟を見上げれば悟は小さく零すように笑った。