第40章 悔いのない人生を
私の耳元でへっへー!とふざけて笑ってる彼。
懐かしいその無邪気な笑顔を思い出す。直ぐ側でそれを感じる。
──故意に堕ちながら、初心に還るように恋に落ちていくように。
悟の言ってる事が可笑しくて私も釣られてふふっ、と笑っちゃった。かなりの時間を掛けてこの暗闇の世界を下に下にと広げてた、現実的に有り得ない距離であろう最下層までの距離。そもそも底なんてあるのかすらも怪しい、未知の世界。
数分とか何時間で済むような距離じゃないのは理解してる。私が何十年も掛けて拡張していたんだから……。
……何も見えない、肌に外部からの刺激を感じない。
聴こえるのは常に風の音で耳元という至近距離で彼が口を開けば悟の声が聴こえてくるという事。互いに抱きしめあった状態、体温や香りもなくとも隣に居られるって事が安心でさ…。
「ハルカ、これからは任務にも突然の呼び出しもないね」
『うん、そりゃあただ落ちてるだけだしね……これ以上の仕事はもう無いよ。私も、悟も』
お互いに全てから解き放たれた。
かつて悟が沖縄の夜に呟いた、立場や責務を全てを投げ出して逃げよう、がここで体現してるような。
私達は自由になった。
呪術師じゃない、親じゃない、当主でもない。教師でも末裔でも、その立場から開放されて、"落ちる"という行動のみ許された絡み合った魂。
「だから誰にも邪魔されず、眠いからって"この話の続きはまた"なんて次の日に回すこともなく。このままずっとお話してよっか!」
まるで眠る前のピロートークというか、デート中に立ち寄ったカフェのようなのんびりとした時間のように彼の声色は弾んでる……悟らしいといえば悟らしいか!
それにしても悟にとっては眼のおかげで私が視えて、私だけ暗闇っていうのはずるいよねぇ…。私だって、記憶の中の悟じゃなくてリアルタイムで少しでもその笑顔だとか悟を感じる事が出来たら良かったのにさ……?
五条悟という人間が少し、羨ましいな……。