第40章 悔いのない人生を
「待て、五条!せめて体を…っ」
ずりゅ…っ、ぶち、ぐちゅ…っ!
──ああ、いわんこっちゃない。彼女の繋がってたはずの腰が床に滑り込むように落ちた。俺がされたようにいろんな物を床に飛び出させても抱きしめる、鉄臭くて柔らかく温かい体は離せなかった。俺は、僕はコイツが老いようが欠損しようが、どんな姿でも愛せる自身がある。ハルカはハルカなんだ……っ。こんな姿で抱きしめられる男なんて、もう五条悟くらいしか居ないだろう。
それを硝子も傑も黙ってた。治らないし、どうしようもない。最期なんだ、最期くらい僕のハルカを充分に愛させてくれ……!
「……ハルカ…っ」
通路から近づく見覚えのある呪力。解剖室のドアに向かって走って来てる。
どたどたとドアから入ってくる音。涙に濡れた顔を向ければ理解が出来ないという表情の息子と娘達が凍りついたように脚を止めて僕たちを見ていた。
「なん、で……?父さんが、死んだんじゃあ………、
えっ…まって、うそ…おかあ、さん……?」
明らかに混乱する子供達。そりゃあきっと、僕が死んだと聞かされたのにハルカが死んでいたのなら頭がついていけないだろうさ。
一度止めた夕陽の脚はすぐに僕の抱きしめるハルカの元へと駆け出した。そっとハルカに触れた手に着いた血を自身で見て、察して血だらけの床にへたり込んで娘はわんわんと声を上げて泣き始めた。
ハルカによく似た髪を垂らして、毛先が血の海に浸かってハルカの血に染まる白銀……。
蒼空は僕によく似ていて、賢いから解剖室に入ってから色々と察してる。それでも悲しい顔のままにゆっくりと僕たちの集まるこの場所に近付くのを見て、僕はハルカの首筋に顔をうずめた。
脈はなく、呼吸もなく。最期に吐血した血がぬるりと首に伝ってて、この残された彼女の体温はゆっくりと冷えていくんだろう……。
娘がお母さん、お母さんと泣いて呼びかけてももう彼女はここには居ないんだ。返事なんて返って来ない。
充分に僕は冷静になってきたから、このゆっくりと冷えていく彼女の体温に別れを告げなきゃならないって事を察して離したくないと、より力を込めて僕はハルカを独占するように抱きしめた。