第40章 悔いのない人生を
「…僕が、受けた傷だ………」
ハルカは事務室に居たんだろう、スーツを着てた。そのスーツの上から白衣を羽織ってる。
それでもスーツの裾から衣服に吸いきれないほどのおびただしい血が溢れ、白衣を赤く染め上げてる……。
僕を心配して駆けつけた時にはまだまだ地毛が目立つ程にあったのに、力なく倒れた彼女は変わり果てた姿をしていた。
全ての髪を白銀に染め上げたキミ……かつて出会った(再会時だけど)おしゃれ感覚に~…なんてものじゃない。その白銀は元気な彼女を死で染め上げてしまった、昔から僕らにつきまとう不安の色。僕や子供達とおそろいの白銀に染まりきった髪。
僕にキスした後に膝を着いて倒れ込んだんだろ……。僕がバラバラにされたように、脚もくるぶしが見えるはずがふくらはぎまで裾から見えるのは、切断されたものが膝付近から切り離されてるからだ…。
顔を見た。その半開きな瞳は瞬きを繰り返す事もなく、こうして生きてる僕を喜んで追うこともない。黒い瞳孔が大きく開いたまま……。
頬に擦り傷があった、それは今の僕が傷一つ無い事はどういう事かを示してる。
僕の頬の、あったはずの傷に僕自身で触れても痛みもなく、指に血も着きやしない。
「ハルカ……?」
今の僕の眼にはさっきよりも鮮明に色々視える。彼女を守る膜みたいな、纏う呪力が一切無くなってるというのはどういう事か……。でも、俺は彼女を諦めたくねえ……、なんとかして間に合う方法がないのかって。
俺が眼で捕らえたように、硝子もこの状況のハルカについてを分かってる…なあ、傑も多分そうだろ?ハルカをさっきのように繰り返し呼びかける事はなくなり、その姿を黙って見下ろしていた。死んだ俺の体を見たようにその悲しげな視線は今はハルカに注がれている。
「……なあ、硝子。ハルカの体を今なら、治したら…」
「分かってるだろ、五条。この子は自らを差し出してあんたを生かしたんだ。それはハルカの体を治したからと言って生き返るワケじゃない」
「……っ」
──ああ…クソッ!分かってんだよ、そんな事…!