第40章 悔いのない人生を
言葉が聴こえない、ただ彼女を慰めることも言葉を返すことも出来ずただひたすらに見守るだけのもどかしさ。触れたくてももちろん手はすり抜けるし、体温だって感じられない。
……彼女はなんて言ってるんだろう?どんなに側に寄ってもちっともハルカの声は僕の耳に入らなかった。抱きしめたくても肉体を持たない僕のような存在は、腕が彼女をすり抜けて「死ぬってこういう事なんだ」と理解して……。
彼女が横たわる僕の身体の肩に触れたままにキスを落とした。死んでいてもそうやって最後まで僕を愛してくれていたんだ、と見ていた僕はグンッ、とものすごい力で引っ張られるように、死んだはずの身体に磁石のように引き寄せられて……──。
一瞬だったよ、今になって気が付いた。呪力を感じなかった存在の僕に、元のように眼の良すぎるあの感覚。ハルカに膨大な呪力を感じて、すぐにその感覚はトんだ。
──さっきまでの経験が夢みたい。
寒いな、と身もだえると股間の所だけ布が掛かってる。
立ってたはずの魂だけの身体。今は肉体のある、その解剖台の上に寝ていた。もぞ、と手を動かせば五体満足を感じる……。
さっきまで無音だったってのに音が聴こえるようになってる。真っ先に耳にしたのはハルカ、ハルカと硝子と傑が叫んでる声で、僕が身体を起こしたらそれはさっきまでの夢は現実であると突きつけられた。
「なに、これ…どうなってんの、」
「悟っ!?キミは……っ、」
確かに死んでたのに僕は生きていた。
怪我もなく、身体が動いて耳も聴こえるし床にしゃがみ込む傑や硝子の驚いた顔が僕を見上げてる。認知されてる、無視をされていない……今の僕の存在を認識してるって事だ。
死んだのは夢じゃなかった、と安心した瞬間にだったらさっきの体験した事は…、と嫌な予感がした。
ふたりがしゃがむそこには先程、ハルカが居た場所だ……。
全裸であっても、真冬の暖房の効かない部屋であってもお構いなく、やけに元気に満ちた体で解剖台から降りた。ひた、と素足が冷たい床に着く。
その際にひとつ、彼女の携帯が目に止まり、そう言えばなにか操作してたな…と思いながら後回しにしつつ、彼女の携帯に手を着けないままで床に視線を向ける。
──そこには僕が死んだ原因となった、服を着たままでも明らかにバラバラにされた怪我を受けたであろう、彼女の姿。