第40章 悔いのない人生を
"──オマエの全てが欲しい、ハルカの全てを俺に頂戴"
その言葉を思い出しながら、冷たくて悲しい彼と最期の口付けをした。私の全てをひねり出すように一度っきりの一族だけが使える呪術を使って…。
──極ノ番、"生死ノ天秤"
あの時に脳裏に駆け抜けたひとつの術式。それは健康な人間に使うものではなく、亡き者に使う手段だと私は識っていた。
とっておきのプレゼントを使えば、全身の力が一瞬にして底上げられたかと思うとその力は抜けていく。空気で膨らみパンパンになった風船が一気に萎むみたいな感覚……。
触れた悟の肩に瞬時に懐かしい暖かさと柔らかさ、健康的な血色が戻ったのを見た瞬間に私は悟った。
──良かった、これで悟はここで終わりを迎えずにこれから先ももう少し生きていけるんだ…
とびきりの奇跡を起こしたからにはそれなりの代償を支払わないといけなかった。
私の身体に襲いかかる猛烈な痛み。何度も覚えさせられた、拷問用の過去の痛みではなく現在私の身に起こっている痛みにああ、これで私はおしまいなんだって。
『ご、ぼっ…、』
肺に満ちる液体が口から溢れ、腹部から何かがぬるりと溢れ出てる。それは衣服の中で起きていて一瞬の感覚が気持ち悪くて。
どこもかしこも痛くってさ、腕が痛い、みたいな部分的な痛む箇所なんて考えてられないほど。
ガタ、というドアを開ける音が聴こえ、すぐに怒鳴るような声が聴こえた。
「何やってるんだハルカっ」
顔を上げた、までは唯一自分の意思で行動が出来た。バインダーを抱えた硝子と走る傑が見え、視界の端で横たわった悟がもぞ…、と動いた姿までは私の意思が身体を動かせて見えた事。
怪我を貰い受けたからこの怪我を自力で治せば良いってものじゃない、もう今更治したとしてもこの身を動かす私はここから居なくなる。そもそも治すリからなんて残っちゃいないし。
私の残された生命力を全て、彼に注いだから今の私は燃え尽きる寸前の、僅かな物の燃えカスみたいな数秒となる命だけ。
さようなら
その一言が口から言えたのかな。人間、最期まで機能するのは耳とは言うけれど、頭がそれを理解出来ない。
なにかの音を耳にし、人工的な明かりの下で痛みと出血に堪えきれず床に崩れ落ちた身体。私の意識は、魂は。あっという間に永遠に夜の来ない夕暮れの世界へと辿り着いてしまっていた。