第40章 悔いのない人生を
私はもうこの体験を味わう事はもう無い。もしあるとしてもこんなに冷たくなった悟を見送るのは、今度は子供たちが経験する。それが自然の摂理なんだ、今度こそ戦地ではなく、老いてベッドの上で安らかに逝って欲しいもの……若いままに死ぬ、なんてまた私が今経験してるような事がないように気を付けて欲しいものだよ……。
はあ、と大きなため息を吐いてさ。いろんな事に想いを巡らせて決意を固めていく。
楽しかった日々、幸せだった日々の記憶が私の中で駆け抜けていく。
『さあ、悟との約束を果たす時が来たよ。二十年近く経ってさ、それがこの事なんじゃないのかなって。
……凄いね、こういう未来も見えていたならば悟は確かに頭良いよ』
ハハッ、と短く笑った後に私も一度唇を結ぶ。
何十人、百人を一時は越していたかもしれない私の領域内の春日の女達。
これまでに契約した相手に惚れたり、私と違いないくらいに狂しいほどの愛情を注いでいたでしょう。または契約者以外の番となる夫にそういう想いを向けていて…。
相手が死んで治癒も効かない状態になってしまったなら、自身の命を投げ出してでも生きて欲しい、治せるその瞬間に時を戻したいと願っても、私達はそれを持っていない。
春日家は時を戻せる術式は持たず、可能な事と言えばいつだって、何かを得る為に代償を支払っている事。
──皮肉にも、後ろ指差されながら言われ続けた、"身代わりの一族"としての責務を果たそうとしたんじゃないのかと。
悟との色々な思い出は蘇るけれど、時間は有限で残りはきっと少ない。今にもここを出たふたりが解剖室に戻ってきてしまう可能性があり、もしも傑や硝子がここに戻って来るなら早く済まさなきゃ…今度は悟は霊安室に連れて行かれる。
私と悟で比べるならば、生きていて多くを救う事が出来るのはきっとこの人。死んでしまったのならば、この人が生きるべきでその彼の死は私が貰い受けてしまえば良いんだ。考える事は天国でも地獄でもなく、未だ時の止まり続けた空間があるから、そこでいくらでも過去も、行く事の出来なかった有り得ない未来についても考えられるんだし。
私には私が決意したやるべき事が残ってるのだから。