第40章 悔いのない人生を
疑うように触れた悟の頬はいつもの優しい体温は持たず、硬く冷たく別人みたいで精巧に作られた人形かと思うほど。
側に硝子が居ようが構うことなく、私は身体に掛けられた布を思い切り剥がせば、空気を含んでヒラリと布は床に滑り落ちた。
顔から下はきっとこの室内を満たす原因になっただろう、彼の無残な傷跡。どんな相手と戦ったのか、腹部を中心に、脚などにたくさんの継ぎ接ぎがされ、その継ぎ接ぎの途中の所々の血に染まったガーゼが部分的に隠す理由は私でも分かる。
……バラバラにされて、たくさんの血を流して痛い思いをしたんでしょう……、その悟をここに持ってきては血やもろもろで汚れた床……解剖台を綺麗にして、足りない部分をガーゼで補って……。
『さと、る……さとるぅ~~……ッ!』
──呪術師が死んで、回収されるのは良い方。
下手したら腕だけ、とか身体のひとつのパーツだったり、全てを呪いに飲み込まれて失った人だって少なくはない。五体満足で仲間たちや家族の元へと返ってくるのは恵まれてるのだと、長年医務室で硝子の補佐をしていれば分かってる事じゃない。
ましてや、綺麗な状態なんて……高望みのいいところ。
きっと、ここに今居る硝子や傑が気を遣ったんだろうってのは今の私のような、余裕のない頭でもすぐに理解出来た。
『ど……し、て…、』
どうして。
なんで。なんでなの?何度も疑問形が繰り返す脳内の言葉がぐるぐると駆け回る。
縫われた痕のある悟の肩や腕にしがみつくように両手を。そのまま堪えきれずに伏せて、硝子や傑の目なんて気にせず声を上げて泣いた。
よく知った人の肌は、触れた瞬間からとても優しくない、現実を突きつける冷たさと硬さを知る…。それは昔、実家に勝手に帰った時に私が玄関に出てくるまでずっと待ち続けた冬の寒さに冷えた時よりも冷え切った身体だった。
懐かしい悟の香りも消え失せていて、薬品の香りがして余計に胸が締め付けられる……あんなに嗅ぎ慣れた香りが全くしない。
──悟を感じられる要素がどんどん削ぎ落とされている……まるで、五条悟に似た”なにか”みたいに。
離れていても言葉を交わし続けて確かに心はひとつであったって感じていたのにさ、こっちは怪我なんてしていないのに急に私の身体を多くを削ぎ落とされてしまったような。半身を失ったような感覚が全身を襲った。
『うっ、ぐずっ……、あ……』