第40章 悔いのない人生を
冗談か本当なのか、その全ての正解があるだろう解剖室のドアをバン、と乱暴気味に私は開けた。
開けた瞬間に室内はひと目見て綺麗に片付けられているっていうのに、やけに消毒液の臭いに満ちていた。冗談にしては笑えないほどに暗い雰囲気…そして私はその向けた視線、状況をひと目見て理解した。
鳴りっぱなしのよく聞いた悟の携帯のバイブレーション。ここに悟が居るはずだ、と電話を掛けるのを止めてさ…。
解剖台の上に肌色の誰かがひとり横たわり白い布を掛けられてる。それからその人物の周りには硝子と傑。何かを企てるという表情でも雰囲気でもなく、どっきりを装うにはやけにリアルすぎる消毒液の匂いが疑いを全て取っ払って。
「……来たか」
ドアを開ける前はあんなにも急いでたのに、肺いっぱいに消毒液臭と陰気臭い解剖室の空気を取り込みながら、一歩一歩ゆっくりとその横たわる人物の元に近付く。
……よほどの怪我だったのか、珍しい症状か。六眼だからって理由だったら目だけ取り除かれただろうに、服を取っ払われて布が掛けられて。顔は分からないけれど、もしもここまでして冗談でした、とか今の年齢になってやったとしたら冗談抜きで心臓に悪い。
…そんな馬鹿みたいなドッキリなんてされたら私、どんなに拒否されても離婚するから。
死を受け入れたくない気持ちでそっと、その見たことのある体型の男の側に私は寄る。隣には傑、私の向かいには硝子が見守ってる。
「私が補助監督生の報告を聞いて回収を手伝いに行ったときには、既に……」
「夏油…!ったく……酷い所は私が縫い合わせてる。身体はともかく顔はかすり傷程度で見れるでしょう…」
「硝子のそれも言い方がどうかと思うけど……」
頭上ではきっと微妙な顔して見合ってるだろうふたりのやり取りを耳にしながら、震える手でそっと顔に掛かる布に手を伸ばした。
現実を知りたくて、それでも真実を受け入れたくない自分がせめぎ合う中で。どうしても捲る手はゆっくりと、そして目を瞑りたい中でも閉じないで受け入れるしか無かった。
緊張と恐れで心臓がやけにうるさい。捲る布が隠すものは光を受けると白銀で、影が少し紫を孕む白髪が見えて…。
『………っ、』
──そこには、私含む家族以外には滅多に無限を解くことのない、彼の頬の傷。横たわるその天井を向いた表情は血色が少し悪く、病的に白い肌となった穏やかな寝顔…。