第40章 悔いのない人生を
"信じたくないのは分かる。でも、これは現実なんだ……。
覚悟を決めてからでいい、いや解剖室の方へ…ゆっくりで良いから歩きながら決めてくれ。蒼空と夕陽は臨時招集で外部に任務に行ってる、あいつらはじきに帰ってくるよ……。
今はオマエだけが来れば良いからね。いいね?ゆっくり、落ち着いて来るんだ…"
硝子のその優しくも落ち着かせるような声色が余計に現実味があって。がたん!と大きな音を立てて勢いよく椅子を立ち上がれば、デスク上に重なる書類やファイルが少し雪崩を起こす。
たくさん積まれた、事務の仕事だから、みんなに迷惑を掛ける事……。でも、それらを拾うことも直す事もせず、事務室に居た補助監督生達の視線を感じながらも、私は携帯を耳に当てたままにとある場所へと駆け出していた。
耳に当てたままの携帯の通話はとっくに切れていた。
そうだ、と今は自身の身体の為にも走りたくないのに、それでも彼に逢いたいと走りながら携帯の画面から"五条悟"の名前を見つけ出す。
あった、悟の電話番号!きっと、私から掛ければ悟はすぐに出る、何をしていても彼は電話に出てくれる…!
特級呪術師が、最強と呼ばれるに相応しい人が。五条悟がそう簡単に死ぬわけが無いって!
そう私は悟が日常から居なくなってない事を祈り、願いながらも悟へと電話を掛ける。眠る前、零時の会話の時はツーコールに入った所で悟は出てくれた、きっとこれが嘘ならば彼はすぐに出てくれるはずなんだから……!
……呼び出し音が鳴る中で私は息を切らせて医務室の方向へと走る。ゆっくり覚悟なんて決める時間なんてない、覚悟なんて出来るはずがないでしょ……。だから、嘘か真かを知る為に私は今、急いでいるの。
走っている間、悟は電話を取る事は無くツーコール、スリーコール…とコール音はカウントを進めていく。
──医務室じゃなくて、解剖室なんて……。
信じたくなくて、でもこのコール音が止むことが無い事が現実なんだと涙にただただ頬が濡れていく。
泣いちゃだめだ、死を肯定する事になる…これは悪いジョークのハズなんだから。
流れては顎で少しくすぐったい感覚を残し、振り切るように私が走った痕跡を残すように落ちた雫が通路上の床へと落ちていくのを感じた。