第40章 悔いのない人生を
高専での座学レベルの話を聞き、よく分かって無さそうなチベットスナギツネみたいな顔は小さく頷き「分かった」って返事してるけど多分分かってない……。
今は分からずとも後できっとまた悟が教えるでしょ、と思考がスパゲッティになってるその小さな頭をぽんぽんと撫でた。
そっとその手を娘から離して悟を見上げれば彼も娘から手を離し、ひとつ頷く。
初代の術式を末の子に移すという事を反対する悟と何度も話し合いを重ね、ようやく私に折れてくれた彼。六歳となれば呪術師としての力を少しずつ理解し、自分の判断が出来るだろうという事で今日、決行しに来た、譲渡の日。鎹を私の側に、そして心配だからと悟も寄り添った。
じゃり、と足元の砂利を鳴らし、私のすぐ側に寄り添って肩をぎゅっと抱き寄せて悟はふっ…、と微笑む。こうして間近で見てみれば、かのGLGにも皺が出来始めてる……この人もちゃんと歳を取るんだなーって私がじっと見つめ過ぎていたせいか、悟は首を傾げた。
「どうしたの、オマエ…?そんなに僕の事見つめて……チュウしたくなった?」
『……しねえっつーの。いや、悟も歳を重ねるんだなーって』
「やだあ、小じわが見えてしまったかしらん……お肌のお手入れ注意しよっと!雪肌精だけじゃなくてドモホルンリンクルとか使おうかしら?今ならお電話でお試しセット戴けるのよね?」
『マダムかよ……』
見上げてくすくすと笑う子供をひと撫でしてから、私は両手を合わせ指を絡めるように組む。
たまにしか行かない領域は、私があまり任務でピンチに遭う事が少なくなってしまったので、領域展開=基本的に先祖に会いに行く事、知識を授かりに行く事となってるんだけど…。
今回はそのどちらでもない、六年以上前の約束を果たす時だった。
──領域展開、集大成"鎹"
現実世界の昼の明るさは領域内に染まっていくほどにオレンジ色に塗り替えられていき、夜の来ない生命の息吹を感じない世界へと舞台は移り変わる。
生命維持の為の"なにか"を一切感じさせられない物……枯れた大地と枯れススキ、ひび割れた地面にはいくつもの小石が転がり、大きな物といえばボロボロの墓石、棺桶…かつて母が縛り付けられていた大きな枯れた木……。
そういった物が散らかる場所を中心にするように死装束を着た者達と、一人だけ目立つ夕日よりも赤く染められたような和装の人。