第36章 私達だけの世界
「……くそっ…、アイツに深追いはすんな、俺……っ。
はぁ…、皆が待ってる。早く行かないとね~…」
あんなワケ分かんねえ女に構ってやる時間なんてねえんだよ。あーあ、立ち止まって時間食って、勿体ない事した。
とっくの昔に家が勝手に決めた関係を断ち切ったんだ。十年も前の話を今更蒸し返して許嫁の関係を取り戻そうったって僕には昔と気持ちは変わらず愛せないさ。きっと生涯にたったひとりだけ愛せる存在に出会えた僕はハルカを手放すことはしないだろう。自らも、そして他人の力でも絶対に彼女を離すものか。
僕は僕の人生を、オマエはオマエの人生を。
僕らの人生を壊すような事をしたら例え家の繋がりがあろうとも決して容赦はしない。殺してでも壊した事の罪を償わせる。
一瞬立ち止まって歩道から目的地の店舗を見上げる。ガラス越しに楽しそうに笑う僕の妻が見えた。
幸せそうなその一コマで残業とさっきの事で荒んだ心が僅かに癒やされて笑みが漏れる。心の底から僕はハルカを愛してるのさ!
「絶対に死なせないよ、ハルカも……蒼空も」
生まれてくる子供の名前は決まってる。
僕と彼女でたくさん悩んでひとつに絞った名前。僕らの最初の子供、長男は蒼空…、五条蒼空。
細めた瞳が開き、僕に気が付いて片手を挙げた。そしてまた瞳を細めて笑ってる。
キミも龍太郎という、春日家で勝手に決められた許婚から開放され、僕と一緒になれた事で本当の幸せを掴んだんでしょ?僕はハルカと毎日を過ごして最高に幸せだよ……。
微笑む僕の愛妻に僕も笑って片手を挙げて。ゆっくりとした足取りで店舗へと入っていった。
さっきのことは忘れて、今だけは怒りよりもこの幸せに浸かっていたいもんね…?