第36章 私達だけの世界
にゅっ、と下唇を出す彼は「竿あるでしょ!」と当たり前の返事をして。
なるほど、ノープランの突発的なレジャーはこういう事もあるんだなあ、と準備不足にしょんぼりしてる悟がコンクリートの上、竿を使えるようにセットしてるのを見て、私は側でその様子を覗き込んだ。
コンクリートの上にはカサカサに乾燥したヒトデがぺたんこになって落ちていたり、干物化してるフグとかある。海独特の潮の香りとそういう海産物達の生臭さはあるけれど以前ほどの吐き気は特になく、ああ、海だなあ……、と小さい頃の記憶を思い出しながら海を向いた。
波除のテトラポットがたくさん積まれていて大きな波を打ち消してる漁港。一メートルも無い、すぐ側の足場下の海は波立ち、細い流木だとかペットボトルだとか、ゴミが浮いている他に小さな魚影が見えたり。
釣り竿を準備した彼が私の前に竿を出したのを受け取り、後部座席の上に置いたエビを針に取り付ける。……うん、出来た!と同時に顔を合わせて、悟は手慣れたようにヒュンッ!と風を切って遠くへと飛ばしてる。ホントにこの人ルーキー?私には手慣れてるように見えるんですけど。
試しに私もトライしてみるも私の場合は全然飛ばなくて。彼よりも随分と手前にポチャ、と着水していた。
「後は掛かるまで待つ感じか」
『ん、そうだね。ここの皆、のんびり糸垂らしているしねー……』
昨日のテンションがおかしかった説ってか。海老に触れた手を嗅いでも確かに海老臭いけど追い回したりする程じゃない。
「結婚して早々に熟年夫婦の日常みたいになっちゃったな」
『はは……、餌も昨日ほど臭くないしねー…昨日の餌もちっちゃい海老だったら良かったのになっ!』
昨日の事が楽しい!と味をしめて興味本位に始まった海釣り。ご機嫌に始まったのは良いけれど片手は塞がったままだし、悟を見る度に私の視線に気が付きいちいちこちらに変顔をして見せるし、やっぱりこの人飽き性なのでは。
バックドアを開けたトランクルーム。
竿に気を使いながら結局そこに座ってのんびりしながら写真を撮ったり、引きを感じてリールを巻いてみればヒトデの塊を釣り上げて爆笑されたり、フグを釣った悟を撮ったり。
じゃがりこをフグに食べさせて笑いながら動画を取ってる悟をタイトル、小学生の自由研究と称してその一瞬を写真に収めたり……。