第36章 私達だけの世界
「はい、僕が一番乗り!」
ビチビチと跳ねる大物の魚にドヤ顔の彼。
『おー、おめでとー!しかしでっかいねー…!』
悟はまず一匹目、手のひらよりも大きな魚を釣って、お互いにガバディみたいに魚を囲んだ。
「どう持つん?」『知らないよっ』と戸惑いながら、なかなか掴めず、バケツを傾けて魚を靴のつま先でちょん、と蹴って突っ込み難無く終わらせてさ。
私も悟の後を追いかけるように彼より少し小さめの魚を釣って、結局二人して二匹ずつ、計四匹の魚を釣り上げて……。
……釣りってのんびりするものじゃなかったっけ?
なんだか疲れた気がするのは、余計なことばっかりしてだらだらやってたからかなあ…?釣れない間に何度か、思い出したように餌を持って追いかけ回すという小学生みたいな邪魔が入ったのが原因だと思うんですけど。
「そろそろ調理してもらおうか、魚もバケツん中でお腹見せてるし…」
『ん、そうだね。新鮮なうちに食べたいしねー……』
釣り場から来た道を釣り竿と中身の入ったバケツを持って、混み始めた受付のある建物から隣接した食堂へと向かった。
バケツを渡して、竿を回収されて……。
混んでいるから調理に時間が掛かる。順番に調理をして貰う間は、たくさん写真を撮っていようか?と悟の提案で私達はその敷地内をぶらぶらする事にした。
空は依然、曇りのまま。天気予報の予言通りで傘は必要なく、ツツジの木の壁が続く道を手を繋ぎ並んで悟と手を繋いでのんびりと歩いている。
丁度良い時期だったみたい。ツツジの花は少し地面に落ち始めていたけれど、カラフルな花の壁と甘い香りに満ちてる。
『……なんか、明日帰るとかじゃなくてあと三日も悟と一緒にのんびり出来るって夢みたいだね』
任務に振り回される事なく、本当の本当にただの人間として、夫婦として居られるこの時間が嘘みたいで…。呪術なんてない、非術師としての日常の夢を見ているとさえ錯覚するくらいに、まだ二日目の旅行に胸がいっぱいになった。
ただの食料を確保する、くらいの遊び。ちょっとしたレジャーの釣りでさえもお互いに笑顔ではしゃげて楽しかった。今、こうしてただ赤やピンク、白に紫といった花に囲まれた道を歩くデートもなにか会話したりやらかさずとも嬉しくてさ……。