第36章 私達だけの世界
「釣れた?地球?」
『根掛りじゃねえよ~?ビンビン跳ねてる感じある、おっさかな、おっさかな!一番乗りっ!』
クンッ、と曲がる竿先。
確かに掛かる感触を覚えながら引けば直ぐに軽くなる竿、引き寄せれば何も掛かっていない針。その鈍色の針を私と一緒に覗き込んだ人は私の耳元でンフッ、と吹き出して笑ってた。
『うっわ、最悪!掛かったのに逃げられたんですけどっ!』
「わー立派な空気釣れたねっ!それなんて魚なん?馬鹿には見えない魚?空気で出来たクジラ?」
『うるせっ!』
お互いに一発目で失敗し、私の不発を笑いを抑えようとする悟がブフッ!と片手で口を抑えて笑った後に凍りつく。その手を降ろし、猫背になって珍しく気分がどん底に落ちてるみたいなのは明らか。もちろん覗き込めばハの字の眉…テンションが下がった表情をしてる。
「……ハルカ、手、嗅いでみ?」
『手ぇ?』
「うん、餌触った方ね、嗅いで嗅いでっ」
なんだ?と嗅げばものすごく臭い指先に思わず『くっさ!』と騒げば調子に乗った小学生のマインドの彼が満面の笑みで手をこちらに向けて追ってくる。さっきまでの悲しそうな表情は今では生き生きとした、溢れんばかりの笑顔。
といっても、本気での走りではないのだけれど。
『ばっか、嗅がせようとすな!臭いから来ないでよ!』
「色合い的にもうんこじゃね?ほら、ハルカ、うんこうんこ!」
『練り餌だよ、練り餌!餌持ってこっちくんな!』
「わはははは、くっせ!これお土産に持って帰ってみる?七海に嗅がせようぜ!」
『止めろ、殺されるから!』
ふざけてお話にならない。釣りに来たのにそれどころじゃなくて、目一杯はしゃいだ後に何度も釣り上げるのに失敗して。
こんなはずじゃなかったのにな、理想は入れ食い、釣れたらまた釣れ、バケツが満員電車みたいなミチィ…ってした空間にしたかったんだけど。それなのに楽しいこの時間。
彼の釣り竿の先端がピクピクと反応を示してる。「おっ」と漏らす声に私も悟を見た。
ヒットするまでつまらなさそうって表情ではなかったけれど、だらだらと会話をしてる中での事。また来たな、と思って。
『ぷいきゅあ、頑張れー』
「うん、がんがる!」
『否定しろよ、プリキュアじゃないっしょ……』
ピンと貼った糸を竿を引き寄せ、彼の足元にその引いてた主が水の中から飛び出し、とても元気よく跳ねた。