第35章 縛りの儀
ブーブーと互いに文句言い合ってたら私の化粧直しの最中、私の側に居た女性に頭を片手で掴まれギッ、と正面を向かされる顔。
「口を閉じてて貰えます?」
『アッハイ』
特別に式場スタッフの一部に"窓"の人が来ている。別にプロってわけじゃないけれどこの日の為に話がいくらか合わせられるようにって事で。
唇に桃色が乗せられていく中で鏡越しにじっとこちらを見ている悟。
子供みたいに背もたれ側に向かって座り、椅子の背もたれに両腕を乗せて化粧の一つ一つの作業を興味津々に見ていた。
「……本当に、オマエが攫われたままにこうやって生きて会えないんじゃないかってハラハラしたよ……マジ、僕の寿命縮んだよ、まったく…とんでもない花嫁だねえ、キミは」
鏡越しの悟と視線が合い、さっきまでのやりとりは嘘みたいに優しい表情をしてる。安心した声色の彼は微笑んでいた。
「綺麗だねえ…本当に美しいよ。世界中のどこを探してもハルカみたいな美人はそうはいないなぁ…」
『……最高級の褒め言葉をありがと』
「褒め言葉ね……お世辞じゃなくて、本気で僕はオマエの事を評価してんだけどな?」
ククッ、と楽しそうに笑った後に彼はため息をつき、腕に頬を乗せて顔を傾けている。困った表情をしてる悟。そりゃあ頭を悩ます事があったんだ、すぐに忘れる、なんて出来ないよ。
「旅行から帰ったら高専であの男を拷問して、どうしてハルカを殺そうとしたのか聞かないとね。
……普通なら、生きたオマエを欲しがるのに、命を狙うなんて尋常じゃない。禪院家であれば昨日手を出してたろうに、僕が酔ってハルカが無防備だというのに狙いもしなかった……」
『……』
確かにね。禪院家が春日家を始末するのなら、昨日の悟が酔って戦えない状態だったならいつでも殺しに来られただろうに。実際、私は直哉に少し警戒をしてた。
でも、彼は狡猾な手段は使うことは無かった……。
むしろ、出ていく前に「悟君とお幸せに~」なんて手を気だるそうに振りながら去っていったくらい殺意のない、普通の対応だった…。