第35章 縛りの儀
音が聴こえたかどうかなんて知らない。けたたましいエンジン音の中で私の痛みを、負傷を移し込まれたのは男の表情と悲鳴で分かる。
「ん、ああ゙あ゙っっ!?」
混乱するような叫び。そりゃあ突然右足を太ももの付け根から切り離す怪我を移したんだから驚くよね。
唸るようなアクセル音が時間を掛けて小さくなる中で、私の側のドア…外側からべご、とドアを毟るように開け放たれた。男からようやく目を離し、左を見上げれば駆けつけてきた呪術師達……ドアを毟ったのはパンダだった。
「ハルカ、オマエ怪我してるじゃねえか!?」
男からは手を離されたナイフ。それがしっかりと根本まで突き刺さり、レモンイエローのドレスが鮮血に染まってる。勢いよく、またぐりぐりと傷を広げたものだから血がその広げられた傷から止めどなく流れてる。
それだけじゃなく、一瞬だけど高熱が出た。リスクを負ったから……首を切り離すようなものじゃないとはいえ、一回だけ。貧血にもならない程度だけれどこれ以上は我が身の保身を考えれば反撃に徹しなくても良い。
真希に引き釣り出された所で悟が察したのか、車体がベコベコと音を立てて少しずつ小さくなろうとしてる。
私は車から離れたタイル敷きの歩道上まで引っ張られて。駆けつけた人の一人、硝子が私からナイフを抜き、素早く反転術式で治療してくれている。
「何が遭ったか知らないけど。ほんっとアンタはトラブルメーカーだよ」
『はは……スイマセン…』
カラン、とタイルに捨てられるナイフ。銀色に光るべき場所は全て赤に塗れていた。
駆けつける足音、私の父にも似た大地を震わせるような声で怒鳴るのは夜蛾学長。その声は私がさっきまで居た場所へと向けられている。
「悟、殺すな!そいつは生かせ!」
「やれやれ……悟が口だけで制止出来る男では無いことくらい分かるでしょう?」
未だにベコベコと潰れていく車体。その前方へと駆けて行くのは傑。
ここからじゃ見えないけれど何かふたりで言い合った後に車体はこれ以上圧縮される事はなく。
この式の直前に起こった事件の犯人は、学長の呪骸が拘束をし、自傷を出来ない状態にした後、男はそのまま高専に待機してた呪術師達が回収に来た。
後で尋問…いや、そう簡単に口を割りそうもないか。
きっとあいつに待っているのは拷問。そのまま拷問される時まで捕らえる為に男は連行されていった……。