第35章 縛りの儀
「なんで、車が進まないんだっ……!」
ダンッ、と殴りつけるハンドル。打ち所が悪く、その拳でハンドル中央のクラクションがビッ!と短く鳴った。
ぶつかって殺されるはずだったというのに車が進まないってどういう事…?と私も気になり、式髪をたくさん伸ばし防御態勢だった私は、そろそろとその網目を緩め、フロントガラスが見えるようにしてみた。
──原因は明らかなもの。それは確かにぶつかる事はないでしょう…。
車の真ん前にひとり、タキシードを着た男が立っていた。
木漏れ日からの光を浴びた白銀の髪に青い瞳を大きく見開き、彼……悟が車と倉庫の間に立ち、肩を上下させてこちらに片手を出していた。
……そっか、無限だ。
どんなに勢いよく突っ込もうとも悟に近付く程に遅くなってる。未だに煩いエンジンはタイヤをひたすらに回し続け、進むに進めないタイヤは地面との摩擦を続けてるのか、ゴムの匂いを漂わせていた。
真剣な顔をした悟。ギョロ、と青い瞳が私へと向けられて口を開いた。
「ハルカっ!聞こえるか!?」
『うん!聞こえる!』
エンジンの音の中での大声でのやり取り。
「僕はこのままこいつを逃さないようにしとく!呪術師の誰かしらこっちに向かってくるから、一緒にこの車から出ろ!」
『了解!』
互いに叫ぶ中で悟が安心したようにふっ、と微笑んだ。その時男も同じく叫ぶ。
「そうさせるものかあっ!こっちは金を既に貰ってんだ!」
アクセルを踏みながらに振り返る男。悟が目を見開く瞬間を見て私は男の行動を警戒した。
その手の小さなナイフ。ここは狭くて逃げ場のない場所…そこで傷付けるなんて容易い事だった。明らかに心臓を狙ったんだろう分かりやすい動き。避けるも完全に避けきれなくて、小さなナイフがぐ、と突き刺さるは左肩。完全に力を入れる体勢でなくとも、鋭利な先端は生き物に突き立てられれば容易に飲み込む。私の肩に深々と刺さるナイフの痛み。
痛い、けどこの程度…致命傷じゃない!本物の死に至るものなんて、感じるよりも早く迎えにくるもんなんだよっ!
『……っ、つぅ!ンの…!』
……そっちが未だに自身と私を巻き込んで死ぬ気なら、もうアクセル踏めないようにしてやるよ。
熱い痛みを感じる中で私はタンッ!と右手で男の肩に手を置く。今までの治した記憶の中の右足の切断を治療した時を思い出していた。
──"罰祟り"