第35章 縛りの儀
343.
──貴女には私と一緒に死んで頂きます。
逃げ道を捨てた、死を覚悟した人ほどその行動力というものは凄まじいもので、一切の躊躇いもない。減速する事なくエンジンが焼けそうなくらいの悲鳴を上げ、背を進行方向から押し付けられるような加速度を身体に感じた。
これ以上自身を守る術はない、できる限りの事はしたんだと腕でお腹を抱え、怒髪天でうねうねと作り上げた車内いっぱいの式髪で自身の術式にクッションになってもらうしかない。
この術式が運転をする男にどう見えているのかは分からない。助かるも助からないも関係なく、もうこの男には振り返る必要なんてないみたい。
死を覚悟して道連れにする、覚悟は揺らぐ事は今更無い……。
衝撃に備え、せめて一つでも身を守れるようにとぎゅっと目を瞑った。
『……さとるっ、』
……これで、死んじゃったらどうしよう。結婚式直前に死ぬとかトラブルメーカーもいいところだよ。
何度も危険を前にして死を覚悟してきた。一度は死んだ。でも今は生きている、それは悟や皆のお陰様でね?
でも今回は私だけじゃない、まだ名前を決めかねているお腹の子供だって一緒だ。
今まで私自身や呪術師、非術師と怪我を治してきたけれど。完全に人として形成されていない、生まれる前の命を治すという事は出来るかどうか分からない。生まれるまで体を作り続けている日々で大きく肉体にダメージを受けてしまった場合はきっと、治せないあの、"生まれつき失っていたパーツは治療不可"に含まれるんじゃないのかなって。
……そもそも、治せないくらいになってしまったら。治すとか言う以前に私が死んだらこの子はどうなってしまうか。
たくさんの後悔の中で、まだ死にたくないと強く願う。
エンジンが壊れそうな悲鳴を続ける中で加速度は停止というわけでも、急なスピードダウンというわけでもなく緩やかに背に受けた重力が緩まる。あのスピードでぶつかったって衝撃はこんなものじゃないとは私でも分かるんだけど、一体何が起こってるのか……。
運転席の男は情けない声を出した。
「なん、で…」
はあ、はあ、と興奮しているのか今まで冷静だった男の呼吸音がだんだんと荒々しいものになっていく。